暮らすと働くの重なるところ

暮らしにも、仕事にも満足している人ってどれだけいるんだろう?これからの時代、良く生きるためにはどうキャリアを重ねるのがいいんだろう?東京で学ぶと働くを探求したので、さらに暮らすを探求すべく宮崎県日南市へ移住しました。

熊本出身、と言いにくくなったことについて

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こんばんは。
梅雨が来て、なんだかジメジメしていますね。
と言っても福岡、大阪、京都、東京と行ったり来たりしているからか、未だに梅雨の雨には降られていません。
このまま雨晴兼用の折り畳み傘だけで乗り切りたいものです。

さて、以前に九州での地震のことを書きましたが、震災以降、熊本出身と言いにくくなっていることを改めて感じます。
震災直後は心配されるので、具体的に話題になったりしない限り、言わないということに、自分自身は違和感もありませんでした。
しかし、しばらく経った今も熊本出身と何となく言いにくいのです。

表現が適切ではないかもしれませんが、「色がついてしまった」という感じでしょうか。

震災の前は、出身地についての雑談と言えば、以下のような感じでした。
相手「出身はどこですか?」
私「熊本なんです」
相手「あ~くまモンの!(熊本城、馬刺し、などその人の知っているキーワード)」
私「そうです、そうです。田舎ですけどね~笑」

こんな感じで無難に終えることもあれば、そこから広げることもできます。
しかし、震災後はこうです。

相手「出身はどこですか?」
私「えっと、熊本です・・・」
相手「え!地震は大丈夫でしたか!?」
私「えぇ、私の実家は被害の大きい地域からは離れていたので…」
相手「そうですか~」

これでこの話題はほとんど強制終了。
この話題を広げても気を遣わせてしまうだけですし、かといって震災のあった地域について「田舎ですけどね笑」みたいなトークに持っていくわけにもいかないですし、何とも微妙な空気になってしまうのです。

仕事の中でも、自分が受けてきた教育を経験として語る際には、どの地域で教育を受けたのか、という前提の共有は欠かせません。
しかし、「熊本」というワードを出した途端、一旦は震災の話題に移ってしまいます。
もちろん相手も、そこを触れずに話を続けるのは失礼、と気を遣ってくださっているので、仕方のないことですし、すでに震災のことがニュースに出なくなり、風化しかけていることを考えると、こうして思い出してもらえるのはありがたいことなのかもしれません。

しかし、どうしてもコミュニケーションをしにくく感じてしまい、「九州出身」とか「九州の田舎」という表現を使うこともあります。
ただ、自分自身は熊本出身であることにアイデンティティを感じていますので、そうして隠すのもすごくもやもやしてしまうのです。

どう折り合いをつけていけばいいのか、まだ見えませんが、そんなもやもやに苛まれている今日この頃でした。


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