学ぶと働くの重なるところ

学んだことを使うこと、経験から学ぶこと、学ぶと働くの重なるところについて考える。企業の採用コンサルタントを経験し、2つの教育系NPOで活動する中で考えたことを綴ります。

2017年4月24日
から sh_kawahara
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目的なしに取捨選択はできない

こんばんは。
なんとびっくり、4月に入って初めての記事です。
最近、コラムとかインタビューとか文章を書く仕事が多かったためか、自分のブログを更新できていないという自覚が全くありませんでした。気を付けよう。。

さて、先週のことなのですが、トキワ荘プロジェクトの入居者&OB/OGが集まる月に一度の交流会で、とある人気映画の上映会を行い、良いと思った部分、自分ならこう変えるなと思った部分を議論しあう、という企画が行われました。
(本当にすごい会だったのですが、どこまで書いていいのか分からなかったので、伏せ気味です…)

その議論の中で主軸となったのが、監督を含む製作側に表現したいものがあり、それに基づいてストーリーやら配役なら演出やら様々なことが取捨選択されている、ということでした。
何が正しいかは分からないし、自分の考えた代案の方が自分にとっては面白いかもしれない。
だけど映画を作った側にはこういう意図や目的があって、だからこうなっているはずである、ということです。

こうやって書くと当たり前のことみたいですが、人はしばしば目的のことを忘れて、手段の話をしがちです。
しかし実際には、目的が共有されていないと、手段の合意形成を行うことはできません。
例えば、映画をファミリーで観に行けるものとして作る場合と、大人向けに作る場合では、使える表現方法が違ってきます。
それはどっちの方法が面白いかどうかとかではなく、小学生に見せても大丈夫かを優先するかどうか、という判断になります。

そして、このすごく大事な目的の部分をどうして忘れてしまうのか。
それは、自分の持つ目的(作りたいもの、自分が大事にしている価値観)が人と異なるという前提を忘れてしまいがちだからです。

上映会後の意見交換の際、「もっとグロい描写があっても良かった」という意見を出す人が何人かいました。
私はグロいものがすごく苦手なので、「もっとグロさが欲しい」という不満が出ること自体が全くの想定外でした。
逆に私は全体のバランスや整合性があることを大事にしているので、一人だけ浮いている(ように見える)キャラクターがいたことが不満でした。
一方で、そこに不満を持たない人も多くいました。

作品作りをする際、他の作品を見て、好きになれるところとなれないところを探し、自分の価値観を浮き彫りにすることが大事だ、というお話しがありました。
これは、仕事全般に対しても言えることだと思います。
スピードを重視するのか、質を重視するのか、顧客との関係性を重視するのか、提供するものの効果を重視するのか…
相手やタイミングなど様々な状況に左右されるものではありますが、それでも何か傾倒している部分があるはずです。
自分においてはそれを自覚すること、他者に対してはそれが何だろうと理解に努めることが大事だな、と改めて思いました。


2017年3月31日
から sh_kawahara
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多趣味の背景

こんばんは。
あっという間に今年も4分の1が終わってしまいましたね。
さすがに2回目のプレミアムフライデーが年度末最終日の31日金曜日なんて間が悪すぎるでしょ、と思ったのは私だけではないでしょう。

そんな私の近況ですが、最近は囲碁の勉強をしています。
このブログに書いたか忘れてしまったのですが、去年から囲碁を始めまして、帰省したりお芝居をしたりでしばらく止まっていたのを再開し、ちゃんとやろうと本も買ってみました。


本は、囲碁サークルでお勧めされたヒカルの碁とコラボしているもの。

こんな感じでどんどん新しいことをやっていくので、この間「熱しやすく冷めやすいタイプ?」と聞かれたのですが、それはそれで違うかな、と思って、そう思った理由を考えてみました。

きっと私は、ほかの人が「少しは興味はあるけどやらない」で終わるものも「少しでも興味があったらやってみて、違ったらやめる」というようにしているので、やったことがあることがやたら多いだけなのです。
なので、熱しやすいかと言えばそんなことはなく、むしろ熱しにくいから色々やっているという方が近いように思いました。

実際、経験はあるけど趣味にはなっていないもの(数回で終わったり、誘われればやるけど自分で企画したりはしないもの)を挙げてみると、こんな感じになりました。

・運動系
フットサル、ゴルフ、スノーボード、スキー、スケート、ボルダリング、ホットヨガ、ベリーダンス、マラソン、ボーリング、スポーツ観戦
・文化系
写真、塗り絵、手芸、陶芸、ジグソーパズル、人狼ゲーム、映画(観るのも撮るのも)、小説(書く方)、イラスト、ダーツ、ビリヤード、英会話、観劇、ライブ、ビジネススクール

何だかたくさんありますが、きっと忘れているものもあります。
小学生のときの習い事とかで終わっているものを加えると、ピアノ、水泳、習字、茶道、華道、バドミントン、釣り、将棋などもありますね。思い出し始めるとキリがない。

そして残っているのは読書、アニメ、演劇、旅行、卓球、囲碁、カラオケ、数独、夢職人(子どもの体験活動のボランティア)、スポーツジムあたりでしょうか。
うーん、結構残ってた・・・笑
ただ、時間もお金も限られているので、時期によって濃淡がありますし、積極的にやったけど一区切りをつけるもの(これからで言えば演劇)もあります。

ちなみにこの1年で初めて経験したのはビジネススクール、囲碁、数独、ホットヨガ、落語(聞く方)。
落語はまだ1回しか行っていなくて様子見で、囲碁と数独はハマり、ビジネススクールとホットヨガはハマらなかったので、2勝2敗1引き分けですね。
ビジネススクールは趣味じゃないと言われそうですが、ビジネス番組、ビジネス雑誌、ビジネス書は結構好きで時間を使っていて、ビジネススクールはイマイチだったので、やっぱり合わなかったことの一つです。

こうして色々やっていると、違うかも、と思うまでの引き際の設定や、判断材料の揃え方、優先順位のつけ方も段々と分かってくるように思います。
例えば去年再開した卓球については、スクール系のところから社会人サークル、地域のチームなどを2週間くらいで4か所回って、腰を据えてやれそうなところを見つけ、そこでしばらくやってみて続けられそうだな、と判断しました。

こういう進め方は、仕事にも通じるところがあります。
発想が湧いたらまずはやってみると決める、リサーチをして、様々な方法で試してみて、その発想自体がダメなのか、方法がダメなのか検証して、発想自体がダメなら撤退し、良い方法が見つかればしばらくやってみて、また検証する、という感じです。

そして最初の「やってみる」のハードルが低いのは、小さい頃から何でも経験させてくれた母と、「一度やってみて、ダメだったらやめればいい。一度やってみるのが大事」と繰り返し言っていた父のお陰だな、と振り返るのでした。


2017年3月25日
から sh_kawahara
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漫画家と役者に見る、プロとして食べていくということ

こんばんは。
Facebookには書いていましたが、今年も演劇ワークショップの卒業公演が無事に終わりました。
2年目ということで、ひよっこだった去年よりは良い芝居を作れたのではないかな、と思っております。
見に来てくれたときにいただいたお花で、私の部屋は一気に春らしくなりました♪

さて、それはさておき、今回やっていて、プロとして食べていける役者とそうでない役者の違いとして見落とされがちな点に気が付きました。
それはよく、トキワ荘プロジェクトの中で漫画家志望者に対しても言っていることなので、先にその話をします。

トキワ荘プロジェクトでは、漫画をつくる力を「創作力」と「制作力」に分けて話をすることがあります。
「創作力」とは、ストーリーやキャラクターを生み出す力。
「制作力」は、単純に漫画を描く力。

漫画家になりたい人は「創作力」ばかりに注目しがちですが、実際に週刊や月刊で連載を続けるためには、継続的に原稿を上げる「制作力」も非常に重要です。
1年間かけて超大作を一本描くような人は、週や月でちゃんと締め切りまでに決まったページ数を上げてくることが求められる連載作家にはなれないのです。

この話を知っていた上で、役者の世界を見てみると、役者にも同じようなことが言えるな、と気付きました。

今回、私は台本をもらってから本番までに約3ヶ月あり、土日はほぼ練習に費やしていました。
通勤しながら頭の中でセリフを反芻し、演出家の先生に何度もアドバイスをもらい、一緒の場面に出ている役者と繰り返し打合せをして、それでやっと、1時間の舞台を1つ、どうにか形にしたような状態です。
しかし、実際にプロとしてやっている役者さんは、ドラマやら映画やら舞台やらで色んな役が平行していたり、もっと短い時間で本番になったりしていると思います。
NHKの朝ドラとかは本当に大変と聞きますが、おそらく漫画家で言うところの週刊連載みたいなものでしょう。
セリフを覚えるのも、役作りをするのも、時間がかかりすぎるようであればきっとやっていけません。

社会人になったら多くの人が教わることですが、“仕事”として物事に取り組む場合、納期は非常に重要です。
例えば、新人の最初の仕事としてよく任される会議の議事録も、完璧な議事録を一週間かけて作るより、不完全でも要点が含まれているメモがその日のうちに共有されることの方がずっと価値があります。
むしろ、どんどん状況が変わる中で一週間後に出てくる議事録など、何の意味もない、という職場も少なくないでしょう。

クリエイティブな世界においては、才能とか新しい発想とかが全てと思われがちですが、プロとして作品作りをしてお金をいただくからには、「納期までに仕事を仕上げる」ということを見失ってはいけないのだろうな、と改めて思ったのでした。


2017年3月15日
から sh_kawahara
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これを機に解いておきたい3つの誤解

こんばんは。
ついにと言うのか、やっとと言うのか分かりませんが、今日で30代に突入しました。
28歳になったくらいのときには「30歳が近づいてくる!!」とビクビクしていましたが、なってみるとあっという間ですね。

どんな意識高い系の抱負を書こうか・・・と思っていたのですが、抱負だといつも同じようなことばっかり書いちゃうな、と思い、これを機に解いておきたい誤解を3つ選んで書くことにしました。

というのも、SNSもお仕事関係でつながっている方が多く、どうしても仕事モードになってしまうせいか、何だかすごいしっかりした人!みたいに勘違いされていることが多く。。
話すと「意外!」と言われることも多いので、できるだけハードルを下げておきたいなと思った次第です笑

【誤解1】無駄な時間を使わない

休日にも子ども関係のボランティアをしたり、今だったらお芝居をしたり、色々とやりたがりのためか、忙しそうに見えるようで、無駄な時間を使わなそう、とよく言われます。
でも実際には、家に帰ってテレビをつけたら3時間経ってた、とかもザラにありますし、普通に友だちと飲みに行ったり、買い物をしたり、スマホゲームにハマったり、ということはあります。
どんな誤解なんだ…という感じですが、そんなわけですので、気軽に誘ってください!

【誤解2】ビジネス書ばかり読んでいる

これも人によく言われるのですが、そんなことないです笑
むしろ、マンガやアニメの方が好きで、毎シーズン10本くらいアニメを見ています。。
本棚にはほとんど小説しか並んでいませんし、読むのも結構軽めのものばかり。
本質的には引きこもりなので、休日はマンガを読んで一日過ごしたい派です。

【誤解3】家事ができそう

この誤解、非常にやっかいなのですが、掃除も洗濯も料理もあまり好きではなく・・
料理はするときはしますが、ご飯すら月に1回しか炊かない、なんて時期もあります(今はまさにw)
食器洗い機も、お掃除ロボットも、もっと広さがあれば導入したいくらいなのですが、残念です。

そんなこんなで、他にも誤解はあるのですが、こうしてブログに書いたのも、もっと気楽に生きたいなと思いまして。
20代は全力で駆け抜けた感がありますが、30代はもう少し腰を落ち着けて、自分や周りを大事にしながらやっていきたいな、と思っています。
そんな私ですが、これからもよろしくお願いします!


2017年3月3日
から sh_kawahara
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良い悪いと、分かりやすい分かりにくいの違い

こんばんは。
前回のブログでやっと現状を整理できたので、ブログが書きやすくなってきました。
しばらくは漫画家育成関連の話題から教育を読み解くみたいな記事になるかと思いますが、新しい視点ということもあって書きやすいので、お付き合いくださいませ。

さて、少し前のことなのですが、NEWVERYのクリエイティブ事業でもお世話になっている甲斐谷先生(映画化されたライアーゲームなどが有名な漫画家さん)のツイートが6千リツイートとかされていて、とても話題になっていました。

togetterまとめ
甲斐谷忍先生が漫画の構成と演出の重要性を語る!漫画の感想で「よく意味が分かんなかった」をもらったら構成力はほぼ0点
https://togetter.com/li/1082073#c3489097

詳しくはこのまとめを読んでいただければと思いますが、このタイトルになっている指摘がマンガに関わらず何においても言えていることだな、と思っていまして。
こんな面白い企画・サービスを考えているのに、分かってもらえない!とか。。。あるある。

それと同時に、面白いか面白くないか以前によく分からないと言われるということのやばさって、なかなか分からない人には分からないのかもしれない、と思ったのです。

世の中には、やっていることは良いことなのに、それが全然伝わらない、みたいなことがよく起きています。
日本のモノづくりなども、良いモノを作っているのに、それが伝わっていない、とかよく言われますね。
よく言われるのに、なかなか改善されません。

私は営業の仕事の経験も長いので、この「ものがいいかどうか」と「伝わるか伝わらないか」は全く別のものとして捉えています。
営業というのは基本的に、すでに企画された「商品」や「サービス」を売るので、そのものの良し悪しに関係なく、「その価値をちゃんと伝えられているか」で成績や評価が左右されるからです。
どんなに価値のあるものであっても、営業がきちんと伝えられなければ、受注することはできません。

そういう意味では、このブログも「分かりやすさ」をトレーニングする大きな力になっています。
私が思っていること自体は、正しいとか正しくないとか判断できるものではないと思いますが、下手に文章にした結果、読んでいる人が不快に思ったり、誤解をしたりしないか、というのはすごく気を遣う部分です。
私が面白いと思ったり、気付いたりしたことが、「ああ、そういうのもあるのね」と思ってもらえればありがたくて、「こんなに人を馬鹿にして!」とか怒られるのであれば、やはりそれは私の構成力や表現力の問題だろうな、と思うのです。

いずれにしても、ものの「良し悪し」と「分かりやすさ、分かりにくさ」は別のものである、と捉えられるかどうかはすごく大事です。

正直、分かりやすさだけで評価を受けているものもあり、それはどうかと思うときはあります。
ダイエット系のものとか、スピリチュアルなものとか、実際に効果のあるものなのかを抜きにして、「これを使えばこうなれる」というのがすごく分かりやすくて、支持されている部分はあると思います。
なので、分かりやすいことが正義!と言い張るつもりはありません。

ただ、どんなに面白かったり、新しかったりするものを思いついたとしても、その価値を伝える分かりやすさがなければ、それで人の協力を得たり、対価を得たりするのは難しい、ということは常に念頭に置いておいた方がいいんだろうな、と思うのでした。


2017年2月23日
から sh_kawahara
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自分の活かし方を考える

こんばんは。
気付けば2月も終わり。ついにNEWVERYに入職して5年目に突入しました。何て早い・・・

さて最近はというと、色々と変化があり、発信できることも大きく変わってきたので、なかなか書けずにいました。
NEWVERYは大きく高等教育関連の事業と、クリエイティブ事業(主に漫画家志望者・新人漫画家の支援)の2つの事業に取り組んでいるのですが、年明け以降クリエイティブ事業の方にも関わるようになり、クリエイターの方の業界知識や人材育成について勉強をしています。
具体的には、去年立ち上げられたマンナビという新人漫画家向けの持ち込み・投稿・新人賞ポータルサイトの強化で、分野は違えど「人と環境のマッチング支援」、「進路選択のプラットフォーム」、「WEBをベースにしたマーケティング」といった点ではこれまでの仕事とあまり変わらず、これまでの経験を応用しながら取り組んでいる感じです。
(元々の教育・高大接続関連の仕事も引き続きやっています)

そんな中で改めて思うのが、「自分がどういう場所であれば成長できるのか」をちゃんと考える意識って、意外に持っていない人が多いんだな、ということです。

WEEKDAY CAMPUS VISITでは、自分に合った、自分が成長できると思う大学を選ぼう、と言っています。
マンナビでも、自分が成長できる、もしくは力を発揮できる雑誌はどこか、新人賞はどれか、編集者は誰か、ということを考えて選んでほしい、という主旨で立ち上がりました。

私のブログを読んでくださる方は教育関連の方が多いので、漫画家というとイメージが湧かないかもしれませんが、漫画家さんは編集部の主催する新人賞に応募したり、出版社に電話をして自分の描いた漫画を持ち込んで、編集者さんにアドバイスをもらったり、という形でプロを目指します。
そこで受賞をしたり、編集者さんに目をつけてもらったりすると、担当の編集者がつき、定期的に見てもらいながら質を上げ、マンガ雑誌の連載会議にかけてもらい、掲載・連載に至る、というのがすごくざっくりとした流れです。

その中で、本当は少女漫画の方が向いているのに、少年漫画を描きたいと少年誌に持ち込んでいたり、こっちのマンガ雑誌の方が作風が合うのに、そのマンガ雑誌のことを知らなかったり、ということは多々あります。
アニメや実写映画も含めて話題になった『進撃の巨人』の作者の諫山先生が、当初ジャンプに持ち込みをしていたものの作風を変えるようにと言われたため、マガジンに持ち込むようになって連載につながった、という話は有名ですが、そうして自分を活かせる環境を考えて選択したことで成功した例は他にもあります。

私自身も例外ではありませんが、人はどうしても人気のあるもの、一般的に評価の高いものに自分を評価してほしい、という気持ちに陥りがちです。
簡単に言えば、日東駒専よりもMARCHに進学したい、中小企業よりも東証一部上場企業に就職したい、みたいな感じです。
しかしそのこだわりが、自分に合わない形でハードルを上げることになって物事の実現を妨げたり、実現した後で苦労をさせることになったり、というのはとてももったいないことです。

妥協してハードルを下げるということではなく、自分はどういう環境であれば成長できるのか、実現したいことが形にできるのか、しやすいのか、といったことを考え、選択肢をフラットに見るということが大事なんだろうな、と改めて思うのでした。


2017年1月11日
から sh_kawahara
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ブログの更新が悩ましい

こんばんは。
仕事始めの今週は、やはり1週間が長く感じてしまいますね。
今回の冬休みは前半は実家へ帰省し、後半は同僚と海外旅行へとこれまでになく充実していました。

一方でご覧の通り、ブログの更新頻度がますます下がっています。
何度も編集画面は開くものの、どうにも進まず。
当初は週3回ほどのペースで更新していたのに、一体何を書いていたのだろう、と当時の記事を振り返ってしまいました。

こうして見返してみると、勉強会に行ったり、映画を見たり、何か活動に参加したり、行動することによって得られた気づきや考えを書いていた様子。
それを考えると、今の自分にはインプットが足りていないなぁ、と反省しました。
(色々あったため、意図的に大人しくしているというのも大きいのですが、、、)

特に足りないのは、おそらく知らないことのインプット。
教育の分野での経験が少しずつ積み重なり、知識も当初に比べれば増える中で、興味・関心や触れる情報を意図的に広げておかないと、新しいことに触れにくいのかも、と思いました。

実は新しい仕事が動き出しているのですが、まだ表には出していないので、そこで得た気づきもしばらく書けず。
ブログのネタに困る日々はもう少し続きそうです。

余談ですが、海外旅行の方はこんな感じで、充実していてとても楽しかったです!

cebu

cebu


2016年12月30日
から sh_kawahara
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節目を迎えて

こんばんは。もう今年も終わりですね。
やっと今週くらいから落ち着いてきたように思います。
今日は四十九日の法要(実際には1週間早いのですが、ちょうど年末でみんな集まっているので)と納骨をしてきました。

改めて、今年は色々ありました。
高大接続事業部のディレクターを交代し、西日本支部を立ち上げ、大学の初年次クラスの担任として学園祭に出店もしました。
高校演劇以来に芝居の公演に出て、囲碁に初挑戦し、中高時代やっていた卓球を再開しました。
下の弟が大学生になり、上の弟は結婚し、父が亡くなりました。
3週間という、社会人生活で最も長いお休みをいただきました。
今年ほど長く、母と2人だけで過ごしたときはなかったかもしれません。

たくさんの人に心遣いをもらい、支えてもらいました。
私が無理をしすぎなくても、どうにかなることを知りました。
本当に自分にとって大切なことは何か、考えました。

来年も、色々なことがありそうです。
NEWVERYも入職5年目に突入し、また新しい分野に挑戦する予定になっています。
お芝居も、去年と同じ演劇ワークショップの卒業公演がある他に、そこで一緒になったメンバーと自分たちで6月に公演を打つことになりました。

そして全く実感のないことですが、ついに30代に突入します。
ずっと生き急いでいたように思いますが、少しペースダウンして、着実に歩みを進めたいと思うようになりました。
こんな私ですが、これからも末永くよろしくお願いいたします。


2016年11月30日
から sh_kawahara
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長い長い一ヶ月

こんにちは。
今日で11月も終わりですね。

こういった場で書くべきものなのか、迷ったのですが、10日ほど前に父が癌で亡くなり、最近は落ち着かない日々を過ごしていました。
昨日、実家から戻ってきたばかりなのですが、こうして東京に来てしまうと、まだ単に離れて暮らしているような感覚で、ますます実感がわきません。

これまでの父との思い出、癌が見つかったときの気持ち、その後の家族での過ごし方、今月はほとんど帰省して病院に母と交代で付き添ったこと、それを許してくれた職場、母と一緒に父の手を握って最期を看取ったこと、そこからの慌ただしい日々、支えてくれた人々、友人たちからの温かい言葉など、書き残しておきたいことはたくさんあったのですが、いざパソコンに向かってみると、まだ上手くまとめることができません。

しばらくは、父が生きていたときと同じ東京での日常と、父が亡くなったという現実を行ったり来たりしながら、ゆっくりと統合をはかっていくものだと思います。
ゆっくりマイペースにいきたいと思いますので、温かく見守っていただければ幸いです。


2016年11月10日
から sh_kawahara
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友だちがいない問題を否定されて気付いたこと

こんばんは。
最近はびっくりするくらい寒くなりましたね。
私は家族の事情で帰省中なのですが、こちらもとても寒いです。

さて先月、WEBマガジン「ひみつ基地」に、『大学に友達がいない「ぼっち」対策に力を入れる大学の今-誰とも会話を一日せず、4年間で友達ゼロの大学生も』というタイトルで記事を書かせていただきました。
(このWEBマガジンは、私がボランティアとして活動しているNPO法人夢職人が発行の主体となっており、子どもや若者の支援に関する様々な情報を掲載するWEBマガジンとしていて、年1~2くらいで記事を書かせていただいています)

この記事が思いのほか反響をいただいているのですが、共感していただく一方で、「自分は友だちがいない(or少ない)けど、別に苦労していない」という声も多くいただきます。
もちろん、私も友だちがいないことが必ずしもネガティブだとも思いませんし、それで人生のすべてが決まるとも思いません。
一方で、「友だちを作りたいのにうまく作れなくて苦しい」、という状況について、こんなにも共感されないものなのか、と驚いているのも事実です。

というのも、私自身は人見知りのためか友だちを上手く作れず、苦しかった思い出がたくさんあるからです。
例えば、小学校の修学旅行の班決め。自由に組んでいいと言われても、いわゆるグループにはうまく属せていなかったので、誰と組んでいいかわからず、辛い時間を過ごしました。
中学生のときは、昼休みに一緒に過ごす友人がおらず、「友だちを探している」という体で学校中をうろうろしていたこともありました。(もちろん、探している友だちなど存在しないので、ただうろうろして終わります)
高校のときは塾の子と仲良くなれず、塾の合宿では目覚ましのアラームで起きれたのが私だけだったのに、ゆすって起こしてあげるということができずに、とにかくアラームを鳴らしまくって自然に起きてもらうのを待っていたなんてこともありました。
大学生のとき、複数の大学から学生が集まってくる合同合宿に参加したときも、うまく友だちを作れずに、食事も一人。
最終日のお別れパーティでも話す人がいないので、体調不良と言って途中から部屋で寝ていました。

こうは言っても、全く友だちがいなかったわけではありません。
合宿のような短期的な場では友だちが作れずに終わることも多々ありましたが、クラスや部活では友だちを作り、放課後や土日に友だちと遊ぶこともありましたし、小中高と友だちと一緒に登校もしていました。
きっと多くの友だちは、私が上記のような状態にあったことに驚き、笑ってくれるでしょう。
なのに、どうしてこんなに「友だちがいないコンプレックス」があるのか。

おそらく、友だちがいないことで発生する「居心地の悪い時間」が、強く心に残ってしまっているのだろう、と気付きました。
自分がここにいていいのか分からないような、いたたまれない気持ち。
別に誰も自分のことなど気にしていないのに、浮いているように感じる長い長い時間。

一人でラーメン屋に入れないとか、カラオケに行けないとかも、おそらく似たような感覚です。
一人で行けるかどうかは性格もあるでしょうし、慣れもあるでしょうが、一方で友人と一緒でも行けない、という人は少ないでしょう。(そもそもラーメンが嫌いという人もいると思うので、ゼロとは言いませんが)
つまり、誰か(それも親しい人)と一緒にいることで、緊張感が解け、その場が「居心地の良い場所」になり得る(少なくとも居心地の悪い場所ではなくなる)ということです。

大学に入って一人も友だちがいない、というのは、確かに人によっては大した問題ではないかもしれません。
しかし、友だちがいないことによって、常に緊張感を強いられ、居心地の悪い場所になっているとすれば、どうでしょうか。
友だちがいないことによって、その環境にただいることさえ苦痛になるとすれば、それを回避したくなるのは、仕方のないことのように思います。

大事なのは「居心地の良さ」や「その場が安心・安全と思えること」であり、友だち(=気を許せる人)が一人もいないことで、ただその場にいることが苦痛なのだとすれば、それは理解して支援してあげてもいいのかな、と思うのでした。
そしてもちろん、友だちを作る以外にも、その環境を自分にとって居心地の良い場所にする方法がある、ということは補足しておきます。