学ぶと働くの重なるところ

東京で企業の採用コンサルタントを経験し、その後2つの教育系NPOで活動していた私が、新しい生き方を生み出すべく宮崎県日南市へ移住した話。

2017年10月17日
から sh_kawahara
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移住の難易度を高める時間とお金の話

こんばんは。移住して2週間近くが経ちました。
先週は社内の飲み会があって、話す機会のなかった人とも話せたり、飫肥城下祭りというお祭りで竹あかりのお手伝いをしたり、それらに伴って知り合いも増えてきて、少しずつ生活に馴染んできたように思います。
あっという間につながりが広がっていくのは、日南市ならではかもしれません。

さて、移住の経緯についてまとめてきましたが、今回は移住すると決めてからが大変だった話。
もう心から訴えたいのが、移住ってめっちゃ準備が必要!!!!!
世の中、移住しようぜ☆みたいな話が溢れていますが、移住してからの話が多くて、移住するまでの話が全然出てない。
誰か教えてほしかった、、、(というか周りに結構いるから聞けばよかった)と思いました。

まず仕事探し。
東京で転職活動をする場合、早いと面接に行った時点で「じゃあ、来月から働けますか?」みたいな感じ。
あくまで私の経験の範囲ですが、2・3か月後には転職しているくらいのタイミングになってから転職活動を始めないと、スムーズに移行できないのでは、と思っています。1社に応募してから書類選考~面接まで、2週間前後くらいのイメージ。

一方で地方で仕事を探す場合、条件を出しても合致する会社がそもそもない可能性がある。
そうすると、待つ時間が発生します。
すぐ出てくるかもしれないし、1年経ってやっと出てくるかもしれない。
都市圏だったら候補が何十社、何百社とあって、その中から10社くらいに絞って応募して、並行させて比較しながら絞り込んで(絞り込まれて)いくという感じですが、地方での仕事だと一つ候補が出て来て、それを検討してアリナシを判断して返事して、といういわば絶対評価。
さらに面接についても、行くだけで半日とか1日かかるので、じゃあ来週の終業後の時間に、というわけにはいかず、1社に応募してからの内定までの期間が1か月とか、2か月とか余裕でかかります。

他の移住した人の話も踏まえると、転職活動を始めて仕事が決まるまで、どんなに早くても半年、仕事選びにこだわるなら2,3年とかの長期で見て、良い仕事と出会えたタイミングに、くらいのスケジュール感でいた方が良いように思いました。

次に家探し。転職に伴って引っ越しも進めるというのは本当に面倒でした。
というのも、仕事が決まって、今の仕事をいつ辞められるかが決まって、 新しい仕事の勤務開始日が決まって、というところまで行かないと、住んでいるところへの退去の連絡もできないし、新しい家探しもできないのです。

そして新しい家を探すにも、また現地に行かないといけません。仕事関係のいろいろな調整がついて、入居日の目途が立った時点で行くわけですが、それもまた予定の調整やら飛行機の手配やらがあって「明日、部屋を見に行きます」というわけにはいきません。
現地で代わりに内覧して、写真を撮って送ってくれて、部屋の広さとかも測ってくれるようなコンシェルジュ的なサービスってないのかな・・・

さらに引っ越しの準備。引っ越し先の部屋が決まったら、引っ越し業者の手配です。
これも長距離移動だとなかなか大変。都内から都内とかであれば、時期によっては2週間前でもどうにかなると思うのですが、1か月半前に問い合わせたのに、トラックの配送計画上、希望の日程では運べない(搬出日にできるのはこの日とこの日など)言われたこともありました。
ちなみに東京から宮崎は、短くても中2日の様子。私は安くするために中3日のプランにしたので、搬出日と搬入日を足すと引っ越しに5日かかっています。
待っている期間は実家に帰っていましたが、実家からも遠い場合、みんなどうしているんだろう?ホテル?

最後に車の準備。
私の場合はすぐに欲しかったので、東京で買って、熊本に納車してもらって、実家での待期期間に受け取って車で宮崎へ行きました。
すぐに買わないという人もいるかもしれませんが、普通の買い物のように買ったらその場で持ち帰れるものではないですし、引っ越しに伴っていろいろな日用品を買い込むのには車がないと厳しかったなと思うので、いずれにしても段取りが必要かなと思いました。

と、ここまでを整理すると、仕事が決まるまでに半年、決まってからの引っ越し準備に2~3か月は欲しいかなというのが実感です。
加えて、ここまでにお金がかかりまくる!!
車の割合が大きいですが(私は軽の中古車)、面接や部屋探しで現地に行く交通宿泊費もかかりますし、敷金・礼金・引っ越し代もかかりますし、余裕で100万は超えますね。あー恐ろしい。
私自身はこういった部分はハードルに感じない方なので、だからどうということはないのですが、移住促進という分野に踏み込むからにはこの辺りの感覚を大事にした方が良いのかな、と思いました。


2017年10月8日
から sh_kawahara
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東京脱出を諦めかけた「働く」のこと

こんばんは。日南へ移住して5日目となりました。
引っ越し(入居)の次の日から新しい仕事だったので、この週末を使ってやっと段ボールを片付けたところです。
そんな近況もゆくゆくはまとめたいのですが、引き続き経緯を振り返るシリーズで今回は「働く」について。

前回の記事で書いたように、「仕事」一択だったこれまでから「家族」や「暮らし」も考える生き方にシフトしようと決心したものの、やはりそれが揺らぐほど仕事選びが難しかった。

実のところ、地方でも面白い仕事をしている人をたくさん知っていたので、ある程度のスキルやキャリアがあれば、地方でもやりがいのある仕事を見つけることができる、と思って転職活動を始めました。
それ自体は間違っていなかったのですが、ある程度のスキルやキャリアがあれば、東京ではもっとやりがいがあったり、チャレンジングな仕事ができる、という当たり前のことが抜け落ちていたのです。

とてもありがたいことに、熊本でも東京でもお仕事のご縁をいただいたのですが、どう考えても東京の仕事の方が魅力的で、東京脱出を諦めるかどうか、すごく悩みました。
特に私の場合、「家族」や「暮らし」のことを考え始めたと言っても、親の介護が必要なわけでも、結婚&子育てをしているわけでもないので、結局は「働く」に求めるものの比重を小さくできませんでした。

東京でもう少しチャレンジして、さらにスキルアップしてから九州に帰っても良いのでは?とアドバイスをいただいたこともありました。
一方で、年齢的にも、ライフステージの変化の可能性的にも、いつでも九州に帰れるというわけではないよ、という指摘をいただいたこともありました。
東京ではもう生活したくない、だけど仕事の面白さ(私にとっては、社会変革につながる事業で、チャレンジング&クリエイティブな業務内容であること)も捨てられない、だからといって何の目途もないのに起業や独立もしたくない、という超ワガママ状態。

そんなとき、紹介してもらったのが宮崎県日南市でした。

実は紹介されるまで、日南市の取り組みについては全く知りませんでした。
しかし、偶然にも今年のGWに「たまには太平洋の海を見に行こう」と言い出した母と旅行で訪れていたのです。
そんなところに縁も感じ、市の取り組み自体も非常に興味深く、幸い仕事の縁もいただくことができて、移住することに決めました。

良い例えなのか分からないのですが、今回の転職活動を通じて、東京で面白い仕事をするというのは、魚料理を作るときに切り身を買ってきて料理するみたいなものなのかも、と思いました。
魚を釣るとか、うろこを取るとか、捌くとか、面倒な作業は全て終わっていて、味付けというクリエイティブな部分だけを担当できる状態。
ビジネスで言うところの「切り身」から料理するというのは、すでに色んな観点や価値観で事業を起こしている人たちがいて、自分で一から立ち上げなくてもそこに加わって仕事ができる状態、みたいなイメージです。

一方で、地方で面白い仕事をしようとすると、魚を釣るところから始めなければならないかもしれません。
しかし、その魚の切り身が東京でも売っていないようなマイナーな魚で、その地域でしか獲ることができないのだとしたら、やはり東京を離れてその地域へ行って、釣るところからやらなければならないのです。
地方で事業を起こしている人というのは、そんな感じなのかな、と。

私の場合、自分で事業をゼロから立ち上げたい!という志向がない(むしろ起業とか最後の手段だと思っている)ので、そこまでのものはなくて、あくまで乗っかっているだけですが、これはこれで一つの実験だと思っています。
というのも、移住で取り上げられて「地方でも面白い仕事できるよ!」と言っている人は飲食店等を含む起業だったり、東京の仕事も請けるフリーランスだったりして、それができる(したい)人は移住を考える人のごく一部だろうな、と思うからです。
もちろん、それはそれで大事ですが、それだけだと地方での仕事の幅は広がりません。
東京に機能が集中しているクリエイティブな仕事を、起業も独立もなしで地方で行うことができるのか、ということについて、実際に働きながら考えていきたいと思います。

ちなみに、この紆余曲折の中で、夢職人の代表の岩切さんや、ETIC.の事務局長の敦子さん、G-netの元代表の秋元さん、NEWVERYの元代表の山本さんという(若干の偏りは置いておいても)素晴らしい人生の先輩方にアドバイスをいただき、そして日南ではマーケティング専門官の田鹿さんにお世話になってここに落ち着くことができました。
本当にありがたいことですし、アドバイスして良かった、時間を使って良かったと思ってもらえるように頑張りたいと思います。

今日、見に行った海。家から車で3分くらい。


2017年10月2日
から sh_kawahara
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東京を出よう!と思った「家族」と「暮らし」のこと

こんにちは。改めまして、9月末をもってNEWVERYを退職し、宮崎県日南市へ移住することを決めました。
引っ越しまですごくバタバタで、会ってのご挨拶ができなかった方がいるのが心残りですが、何とか荷物を運び出すことができました。

さて、移住するにあたっては、「何で日南なの?」「何の仕事をするの?」などなど、聞かれることが多いので、その経緯や思ったことをこれからゆるゆるまとめて行きたいと思います。
まずは、東京を出よう!に至った話。

実際、理由が複合的なので、自分でもどうしてそういう気持ちになったのか一言では表せず、その時々によって答えが違ったりしているのですが、そもそも上京したときから「一生、東京で生きていくぜ!」と思っていたわけではありません。
一方で、地元で何かしたいと思っても、一定の能力がないと難しいだろうな、というイメージがあって、新卒で熊本へ戻ることも全く考えていませんでした。東京で修業しつつ、いつかは・・・くらいのふわっとしたやつです。

そんな中、東京を出よう!と思い立ったのには、大きく2つのきっかけがありました。

1つめは、2年前に父が癌を患っていると分かったとき。
発覚時にはすでに末期だったこともあり、「いつかは」なんて悠長に構えている場合ではないのでは、と考え始めました。
そして父が亡くなり、母だけになったときに、もう少し近くにいたい、と思うようになりました。(弟が2人いますが、1人は結婚して埼玉に家を建て、1人はまだ大学生で東京にいます)
結局、熊本には帰りませんが、それでも帰省にかかるお金は10分の1なので、かなり帰省しやすくなっています。

2つめは、今年の3月に演劇ワークショップの卒業公演が終わったとき。
演劇ワークショップは2年通いましたが、この時の卒業公演はかなりやり切った感があり、「東京でやりたいと思っていたことは全てやってしまった」という想いがふと降りてきました。
元々、上京時には大学進学の裏で声優になる夢もまだ諦めていなかったので、お芝居に対する潜在的な想いがあったのかもしれません。
去年は卓球や囲碁もやって、やりたいと思っていたことは一通りできた(無知から初心者になったレベルですが)タイミングでもありました。

そうなると、東京の人混みやせかせかした感じが耐え難いストレスに感じられてきたのです。
もちろん、それまでは多くのチャレンジの機会と刺激的で温かな人たちとの出会いを得て、東京生活も苦に思ったことはありませんでした。
しかしここへ来て、東京のストレスフルな暮らしを我慢し続ける理由ってそろそろないのかも、と思い至ったのです。

これまでの私は、優先順位としては「仕事」一択でした。
でもそろそろ、「家族」や「暮らし」のことを考えたいかもしれない、と思った。というのが、東京を出よう!と思ったきっかけです。


2017年8月16日
から sh_kawahara
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一発逆転ホームランは奇跡ではない

こんにちは。気付けば夏真っ盛り。甲子園が今年も盛り上がっていますね。
普段はスポーツは全く見ないのですが、実家に帰ると家族がつけるので、自然と見る機会が増えます。
そうやって見ながら思ったのが、一発逆転ホームランもたくさんの積み重ねの中で起こるもので、決して奇跡ではなく、必然なのだろうな、ということです。(もちろん、展開としては奇跡的で、誰も予想していない、ということもありますが…)

一方で、夢を語る人の中には、何もせずともどこかで一発逆転ホームランの奇跡が起こる、と思っている人もいるように思います。

先日、マンガ関連のお仕事でご一緒している方と、話していたときもそんな話が出ました。
最近の漫画家志望者の傾向について聞かれたのですが、「自分には才能があるはずで、それを見出してもらうのを待っている状態の人っているよね」と。
種があったとしても、自分で育てて花開かせないといけないのに、その認識が抜けている人もいる、という話でした。

もちろん、種を育てる努力をしても、花が開かないこともあります。
しかし、種を育てる努力を何もせずに、花が開くことはまずないでしょう。

私自身の失敗談ですが、大学受験のとき、「受験生=勉強する」というイメージが強かったため自分が受験生になったら勉強をするようになるものだ、と勝手に思い込んでいました。
「私=受験生=勉強する」だから「私=勉強する」みたいな感じですね。
ただし実際には、勉強が嫌いな私は、受験生になっても勉強が嫌いな私のままでした。
当たり前ですね。。

昔から母親には、「やればできる!でやっていないのは、できないのと同じ」と言われて育ちましましたが、本当に良い教えだったな、と改めて思います。

誰かに才能の「種」を見つけてもらうのを待つくらいなら、自分でこれかな、と見つけて、育てて、花が咲かなければ次の種を見つけて、という形で切り拓いていきたいなと思います。
うん、頑張ろう。

そう言えば少し前に、WEBマガジン「ひみつ基地」で以下のような記事を書きました。よろしければ、こちらも併せてどうぞ。
「子どもや生徒が「芸能人や作家・漫画家になりたい」と言い出したらどうする?-反対するよりチャレンジさせた方が良い3つの理由」
https://children.publishers.fm/article/15194/


2017年7月16日
から sh_kawahara
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仕事の話と私の話

こんばんは。毎日暑い日が続きますね。
私は最近は卓球の試合に出たり、友人のお芝居を観に行ったり、初めて上野動物園に行ったり、夏アニメの1話目をひたすらチェックしたりして過ごしていました。
あ、仕事もしています!

そんな最近ですが、文章を書く仕事がすごく増えたので、宣伝会議のクリエイティブ・ライティング講座に通い始めました。
小さい頃から本を読むのが好きだったので、それに伴って書くことも苦ではないのですが、それ故にちゃんと学んでこなかったのも正直なところ。
3ヶ月の講座で、まだ3回目が終わったところですが、自分の癖に気付くことにも役立っています。

その講座の中で、演習として二人一組でインタビューをし合う、というものがありました。
「書く」ためには、まず「聞く(知る)」ことから、ということなのですが、全く事前知識のない人に話を聞き、限られた時間で「その人らしさ」を引き出すというのがひたすら難しい。

これは話す方でも同じで、特に私は説明が難しい、そして話を広げだすとキリがない仕事をしているので、組織や事業の説明に時間を取られてしまって、「私の話」ができない、ということが起きてしまいます。

思い返すと、就職活動のときも、話し方を間違えるとアイセックの説明で終わってしまい、自分がどんな人間なのかを伝えることができない、ということが起きていました。(テニサーだったら「テニスサークル」と言えば活動内容も大体伝わるのに、と同期とよく嘆いていました)

上記の講座では、3回目が終わった前回の講座のあとにそのまま教室で懇親会があったのですが、その中でも仕事の話だけで終わって、どんな人か分からないままの人もいました。
一方で、友人と会うときなどは、その人の話は聞くけど、仕事でどんなことをしているのかは聞かずに、知らないまま、ということも結構あります。

せっかく講座を受けたので、聞くときも話すときも、もう少しこのバランスが取れたらな、と思うのでした。


2017年6月25日
から sh_kawahara
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物語は関係性の変化によって展開する

こんばんは。
昨日は、3月まで通っていた演劇ワークショップのクラスに行ってきました。
今年は通うわけではなく単発での参加ですが、久しぶりにお芝居に触れられてとても楽しかったです。

そこで、今年通う人たちと即興のお芝居をしたのですが、そこでふと思ったのが、タイトルにした「物語は関係性の変化によって展開する」ということ。

即興のお芝居をする場合、本当に何も打合せせずにやることもあれば、ある程度の設定や落ちは話し合って決めてから演じることもあります。
その後者のパターンで、話し合いをしているときに「何か事件を起こさないと」という発言があったのです。
私もそれほどお芝居の経験があるわけではないのですが、その発言に違和感があり、どうして違和感を持ったのだろう、と考えて気付きました。

確かに、物語を展開させるには、事件(いわゆる転の何か)は付き物です。
しかし、ただ事件が起きただけでは、実は変化は起きません。
その事件によって、優位だった人が劣位になったり、味方だと思っていた人が敵になったり、関係性が変化すること。
それを、見ている人は物語の展開として楽しむんじゃないかな、と。

これは創作の世界に限らず、現実でも同じかな、と思います。

例えば、Aさんが仕事でミスをする。それで迷惑を被ったBさんは怒る。ミスをしたAさんが劣位になり、ミスで迷惑を被ったBさんが優位になる。
Aさんが、Bさんの悪口を言う。聞いているCさんはBさんを非道い人だと思い、Aさんに同情する。AさんとCさんは味方になり、Bさんを敵視するようになる。
単純化すると、こんな感じです。

こうやって並べてみると、関係性の変化にはバリエーションがあることが分かります。
上記の仕事のミスの話の場合、このままの展開だと、Aさんはミスをすごく怖がるようになります。
でもBさんが怒らなければ、AさんとBさんは対等なままかもしれません。
(Bさんが許してくれたことをAさんが感謝し、結果的にBさんが優位になる可能性もありますが)

そう考えていくと、本来的には「事件」に良し悪しはなくて、全ては「人間」が左右するところなんだな、と改めて思ったのでした。


2017年6月20日
から sh_kawahara
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東京はアマチュアに優しい

こんばんは。まだまだ朝晩は冷えますね。
先週末、大学時代の友人が海外の大学にMBAを取りに行くことになり、合格おめでとう&いってらっしゃい飲み会をしました。
社会人3年目くらいから海外赴任する友人が増え、今も何人もいるのですが、並行して20代後半にかけては地元に帰る(旦那さんや奥さんの地元の場合もある)人がすごく増えてきました。
家業を継ぐため、親のため、子育てのため、理由は様々ですが、そうして見ていると、東京にいる意義って何だろう?と改めて考えます。

少し前までは、「機会(チャンス)が多い場所」だと思っていました。
今も基本的には同じ考えなのですが、少しニュアンスを変えて「アマチュアに優しい場所」だと思うようになりました。
そう思うようになったのは、一昨年に始めた演劇、そして去年始めた卓球や囲碁の影響が大きいかもしれません。

演劇も卓球も囲碁も、地元でもできる場所はあると思います。
しかし、同世代と一緒にやりたい、初心者でイチから教えてほしい、趣味程度でそこそこやりたい、そんな風に考え始めると、おそらく選択肢はなくなってきます。
東京のいいところは、人口が多い分、ニッチなニーズでも合致するコミュニティや仲間が見つけやすい、というところです。
コスプレ姿で池袋の街を歩けるのは、一緒に歩く仲間がいるから、みたいなものですね。

初心者やアマチュアを抱えることができるということは、プロになるための最初のステップの環境が整っている、ということです。
もちろん、だからこそプロにならずにアマチュアで満足する人もいるかもしれませんが、裾野が広がると全体の底上げになる、という部分もあるでしょう。

一方で、インターネット上には世界中のアマチュアが集い、またニッチなコミュニティが数々形成されています。
100%リアルに代わるものではありませんが、囲碁であればネット上で完結できますし、他のものもネットによってリアルを近づけてくれることはあると思います。
そうなると、東京に人が集まる意味って何だろう?と。

トキワ荘プロジェクトでも、漫画家志望者が東京に出てくる必要性の変化について、最近よく話をしています。
原稿がデジタルであれば、アシスタントも在宅になりますし、新人賞への応募や出張編集部の持ち込みなどで、上京しなくてもある程度のレベルまでは地方でも上っていけます。
担当編集さんと密な打合せが必要だったり、どこかにアシスタントに行ったり、上京していた方が良い時期もあると思うので、ずっと地元にいてプロになるのは簡単ではないのが現状ですが、とは言え、東京に来るということの意義や役割が変わっているのは事実です。

今は地方創生が叫ばれていますが、どんどん東京を出ていく友人たちを見て、東京こそ街としての魅力が低下しているのではないか、と思うのでした。


2017年6月4日
から sh_kawahara
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お芝居からのコンテンポラリーダンス。囲碁からの卓球。

こんばんは。
5月は結局1度も更新をしないままに過ぎてしましました。。
あまり難しいことばかり書こうとすると止まってしまうので、今日は最近の休日の過ごし方など。

昨日は文化的な日で、午後に前職の先輩のお芝居を観に行ったあと、夕方からは人生初のコンテンポラリーダンスの公演を観に行きました。

前職の先輩のお芝居の方は、いつもは小劇場でやっているのですが、今回は趣向を変えてカフェということで。
小さい規模のお芝居だと、カフェやバーみたいなところを使うのは珍しくないのですが、今回はそれだけじゃなく、カフェの3か所に役者さんたちが座る席があり、客席はその他の座席という形で、「カフェの隣の席の会話を盗み聞くような」というコンセプト。
お芝居にも色々な見せ方があるんだなぁ、とまた新たな一面を発見することができました。
この劇団のお芝居は何度か見ていますが、今回も安定の面白さで、とても良い時間でした。

そして、夕方からはコンテンポラリーダンス。
Noismという、日本初の公立劇場専属舞踊団で、メインは新潟で活動しているのですが、今回はさいたま芸術劇場での公演。
同僚が個人サポーターになっていて、一緒にどうかと誘ってもらったので、こういう機会でもないと観ることはないかも・・・と思ってチャレンジしてみました。

コンテンポラリーダンスの方は、、、うーん、難しい。
お芝居やミュージカルのように言葉が全くなく、演目によっては音楽もなくて効果音だけだったりする中で踊るので、そこに表現されたものを読み取るのはすごく大変。
それでも、2つある演目のうちの2つ目は、ストーリーも分かりやすくて私でも自分なりには読み取ることができましたし、舞踏家さんたちの動きや表現の美しさはすごく感じられて、行って良かったな、と思います。

このダンスの公演はラッキーなことにアフタートークもついていて、この劇団を率いる金森穣さんと、俳優の八嶋智人さんとの対談も聞くことができました。
このアフタートークによって、各演目の意味するところを知ることができたり、より深い意味に気付くことができたり。
一方で、俳優の八嶋さんの解釈がとても深く、こういった芸術を楽しむには、やはり一定のリテラシーが必要だな、と自分の勉強不足を反省したのでした。

ちなみに今日の午後は囲碁で、夕方からは卓球。
囲碁は少しずつですが、それっぽいものを打てるようになってきています。
囲碁を学んでいると、仕事にも生かせるような示唆がたくさん詰まっている、と毎回感じるのですが、今日も「正解はないけど、自分はこうしたい(ここを攻めたいとか、この辺りを守りたいとか)という”意志”を持つことが大事」と言われて、本当に何においてもそうだな、と勝手に深読みをしてしまいました。
あとは、「先手を打つ」とか「布石」とか、囲碁が語源で一般に使われている言葉も多く、囲碁の本来の意味でこの言葉を使うのも楽しかったりします。
囲碁も卓球もどちらも頭脳戦なので、すごく疲れましたが、良い週末でした。


2017年4月24日
から sh_kawahara
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目的なしに取捨選択はできない

こんばんは。
なんとびっくり、4月に入って初めての記事です。
最近、コラムとかインタビューとか文章を書く仕事が多かったためか、自分のブログを更新できていないという自覚が全くありませんでした。気を付けよう。。

さて、先週のことなのですが、トキワ荘プロジェクトの入居者&OB/OGが集まる月に一度の交流会で、とある人気映画の上映会を行い、良いと思った部分、自分ならこう変えるなと思った部分を議論しあう、という企画が行われました。
(本当にすごい会だったのですが、どこまで書いていいのか分からなかったので、伏せ気味です…)

その議論の中で主軸となったのが、監督を含む製作側に表現したいものがあり、それに基づいてストーリーやら配役なら演出やら様々なことが取捨選択されている、ということでした。
何が正しいかは分からないし、自分の考えた代案の方が自分にとっては面白いかもしれない。
だけど映画を作った側にはこういう意図や目的があって、だからこうなっているはずである、ということです。

こうやって書くと当たり前のことみたいですが、人はしばしば目的のことを忘れて、手段の話をしがちです。
しかし実際には、目的が共有されていないと、手段の合意形成を行うことはできません。
例えば、映画をファミリーで観に行けるものとして作る場合と、大人向けに作る場合では、使える表現方法が違ってきます。
それはどっちの方法が面白いかどうかとかではなく、小学生に見せても大丈夫かを優先するかどうか、という判断になります。

そして、このすごく大事な目的の部分をどうして忘れてしまうのか。
それは、自分の持つ目的(作りたいもの、自分が大事にしている価値観)が人と異なるという前提を忘れてしまいがちだからです。

上映会後の意見交換の際、「もっとグロい描写があっても良かった」という意見を出す人が何人かいました。
私はグロいものがすごく苦手なので、「もっとグロさが欲しい」という不満が出ること自体が全くの想定外でした。
逆に私は全体のバランスや整合性があることを大事にしているので、一人だけ浮いている(ように見える)キャラクターがいたことが不満でした。
一方で、そこに不満を持たない人も多くいました。

作品作りをする際、他の作品を見て、好きになれるところとなれないところを探し、自分の価値観を浮き彫りにすることが大事だ、というお話しがありました。
これは、仕事全般に対しても言えることだと思います。
スピードを重視するのか、質を重視するのか、顧客との関係性を重視するのか、提供するものの効果を重視するのか…
相手やタイミングなど様々な状況に左右されるものではありますが、それでも何か傾倒している部分があるはずです。
自分においてはそれを自覚すること、他者に対してはそれが何だろうと理解に努めることが大事だな、と改めて思いました。


2017年3月31日
から sh_kawahara
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多趣味の背景

こんばんは。
あっという間に今年も4分の1が終わってしまいましたね。
さすがに2回目のプレミアムフライデーが年度末最終日の31日金曜日なんて間が悪すぎるでしょ、と思ったのは私だけではないでしょう。

そんな私の近況ですが、最近は囲碁の勉強をしています。
このブログに書いたか忘れてしまったのですが、去年から囲碁を始めまして、帰省したりお芝居をしたりでしばらく止まっていたのを再開し、ちゃんとやろうと本も買ってみました。


本は、囲碁サークルでお勧めされたヒカルの碁とコラボしているもの。

こんな感じでどんどん新しいことをやっていくので、この間「熱しやすく冷めやすいタイプ?」と聞かれたのですが、それはそれで違うかな、と思って、そう思った理由を考えてみました。

きっと私は、ほかの人が「少しは興味はあるけどやらない」で終わるものも「少しでも興味があったらやってみて、違ったらやめる」というようにしているので、やったことがあることがやたら多いだけなのです。
なので、熱しやすいかと言えばそんなことはなく、むしろ熱しにくいから色々やっているという方が近いように思いました。

実際、経験はあるけど趣味にはなっていないもの(数回で終わったり、誘われればやるけど自分で企画したりはしないもの)を挙げてみると、こんな感じになりました。

・運動系
フットサル、ゴルフ、スノーボード、スキー、スケート、ボルダリング、ホットヨガ、ベリーダンス、マラソン、ボーリング、スポーツ観戦
・文化系
写真、塗り絵、手芸、陶芸、ジグソーパズル、人狼ゲーム、映画(観るのも撮るのも)、小説(書く方)、イラスト、ダーツ、ビリヤード、英会話、観劇、ライブ、ビジネススクール

何だかたくさんありますが、きっと忘れているものもあります。
小学生のときの習い事とかで終わっているものを加えると、ピアノ、水泳、習字、茶道、華道、バドミントン、釣り、将棋などもありますね。思い出し始めるとキリがない。

そして残っているのは読書、アニメ、演劇、旅行、卓球、囲碁、カラオケ、数独、夢職人(子どもの体験活動のボランティア)、スポーツジムあたりでしょうか。
うーん、結構残ってた・・・笑
ただ、時間もお金も限られているので、時期によって濃淡がありますし、積極的にやったけど一区切りをつけるもの(これからで言えば演劇)もあります。

ちなみにこの1年で初めて経験したのはビジネススクール、囲碁、数独、ホットヨガ、落語(聞く方)。
落語はまだ1回しか行っていなくて様子見で、囲碁と数独はハマり、ビジネススクールとホットヨガはハマらなかったので、2勝2敗1引き分けですね。
ビジネススクールは趣味じゃないと言われそうですが、ビジネス番組、ビジネス雑誌、ビジネス書は結構好きで時間を使っていて、ビジネススクールはイマイチだったので、やっぱり合わなかったことの一つです。

こうして色々やっていると、違うかも、と思うまでの引き際の設定や、判断材料の揃え方、優先順位のつけ方も段々と分かってくるように思います。
例えば去年再開した卓球については、スクール系のところから社会人サークル、地域のチームなどを2週間くらいで4か所回って、腰を据えてやれそうなところを見つけ、そこでしばらくやってみて続けられそうだな、と判断しました。

こういう進め方は、仕事にも通じるところがあります。
発想が湧いたらまずはやってみると決める、リサーチをして、様々な方法で試してみて、その発想自体がダメなのか、方法がダメなのか検証して、発想自体がダメなら撤退し、良い方法が見つかればしばらくやってみて、また検証する、という感じです。

そして最初の「やってみる」のハードルが低いのは、小さい頃から何でも経験させてくれた母と、「一度やってみて、ダメだったらやめればいい。一度やってみるのが大事」と繰り返し言っていた父のお陰だな、と振り返るのでした。