暮らすと働くの重なるところ

暮らしにも、仕事にも満足している人ってどれだけいるんだろう?これからの時代、良く生きるためにはどうキャリアを重ねるのがいいんだろう?東京で学ぶと働くを探求したので、さらに暮らすを探求すべく宮崎県日南市へ移住しました。

2017年12月4日
から sh_kawahara
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行動範囲を片道1時間半まで広げてみた

こんばんは。
ついに日南生活も3か月目に突入です。
3か月も経てば、移住したて、とは言えなくなるので、色々な人と知り合ったり、イベントに参加するだけではなく、もう少し深い関わりができるような糸口を見つける1か月になるのかな、と思っています。

さて、そんな中で最近心がけているのは、行動範囲を片道1時間半まで広げてみること。
例えば、日南から宮崎市内まで車で1時間ちょっと。
結構あるなぁ、行くの面倒だなぁ、と思っていたのですが、よく考えたら東京に住んでいたときは1時間そこそこの移動なんて、日常でした。
電車の乗り換えがあったり、駅からは歩いたりするので、そんなに距離がなくても時間はかかるんですよね。

もちろん、車は自分で運転しなければならないので、その分疲れます。
だけど、東京の電車移動も大体が立ちっぱなしだし、駅の人混みを歩くのも大変だし、かかる労力はそんなに変わらないかな、と。

そう考えるようになったら、行動範囲がぐっと広がりました。
車で20~30分の距離なら思いつきで気軽に行けるくらいに。1時間かかる宮崎市も、それを理由にためらうのことのないように。
この週末も、土曜日は都城に住んでいる地元の友人に会いに行き、日曜日は宮崎市内でイベント2つに参加しました。

思い起こすと、私の両親も行動範囲の広い人でした。
私が子どものとき、母が休日にパン教室に通っている時期があったのですが、大人になってから聞くと、そのパン教室は何と阿蘇にあったとのこと。
私の地元から阿蘇までは高速を使っても2時間くらいかかります。
父も、1時間弱かかる熊本市内まで平日の夜でも勉強会に行ったりしていました。

離島や山奥だと難しいかと思いますが、ほとんどの地方都市であれば、行動範囲を片道1時間半に広げるだけでかなり選択肢は増えるのではないかと思います。
限界はあれど、自分で「何もない」状態にする必要はないな、と思ったのでした。


2017年11月26日
から sh_kawahara
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地方に足りないのは、そこそこ生産性の高い仕事

こんばんは。
今日も地元のお祭りに行って美味しいお肉を食べたり、岩盤浴に行ったりと日南ライフを満喫していました。
一人で出歩くのが苦ではないというのは、移住にとっては大事な要素かもしれません。

さて、少し前なのですが、仕事の関係もあって『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』(著・河合雅司) という本を読みました。
人口減少に伴う日本の危機的な状況がひたすら提示される、なかなか興味深い本ではあったのですが、その中で個人的に一番すとんと来たのが、「日本は生産性の高い仕事を東京に集約し、生産性の低い仕事を地方に任せることで発展してきた」という話。

地方も人手不足で、求人倍率も1.0を超えているのに、なぜ「地方に仕事がない」と感じてしまうのか。
正社員の求人が少ないだとか、オフィスワークが少ないだとか、色々な切り口で語られてきましたが、生産性の高さという切り口が一番分かりやすいな、と思いました。

最近、「生産性」という言葉がよく出てきますが、私の中ではざっくり「時間あたりで生み出せる価値」だと理解しています。
消費の上では「付加価値」とも言われますが、結局はこの時間当たりで生み出される価値が、給与(時給)にも影響してくるわけです。
スキルや能力が高ければ、(そしてそれが仕事とマッチしていれば)生産性も高くなります。

生産性の高い仕事があるということは、どんどん成長して収入を上げていける余地があるということです。
もちろん、地方でも生産性の高い仕事を自分で生み出すことは可能ですが、いきなりそこへ行けるかといわれると、ハードルが高い。「そこそこ」くらいのやつが欲しいわけです。

東京の場合は生産性の高い仕事が集まっているだけでなく、それが組織化されているので、自分の能力に応じて少しずつステップアップしていくことができます。
その組織に依存すると、組織から離れたときに何もできなくなってしまう、というリスクはあります、そうは言ってもスモールステップが用意されているというのは、楽なものです。

じゃあどうしたら良いか、それはこれから考えていきたいのですが、とりあえず「生産性」という切り口を発見した話でした。
(ちなみに、この本の主題は仕事の生産性の話ではなく、単純に発想のきっかけとして紹介しただけですので、悪しからず…)


2017年11月20日
から sh_kawahara
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家族を結びつける「口実」

こんばんは。
昨日は父の一周忌だったため、週末は実家に帰っていました。
一年。あっという間だったような、でもその間にもたくさんの変化があって長かったような。

正直、まだちゃんと向き合えていないので、何か書こうにも書けません。
だから、広めにとって家族のこと。

子どもの頃は法事とかがあると、友達と遊べなくなるので、面倒だな…と思っていたときもありました。
でも、こうして大人になるとこういう機会でもないと、どんどん会う回数が減っていってしまって。
仏教的な意味もあるとは思いますが、個人的には大人になってからも家族が集まる「口実」になると解釈するのが一番しっくり来るなと思いました。

先日、弟の子どものお宮参りで母が東京に行っていたのですが、たった数時間のためにわざわざ、ではなくて、これもきっと会いに行く「口実」。
卒業式や入学式、父の日や母の日、誕生日、お正月、お盆、就職や結婚のお祝いなどなど。
直接会えなくても、電話をしたり、写真やプレゼントを贈りあったり、面倒くさがらずにこういう「口実」を使っていきたいな、と思ったのでした。


2017年11月12日
から sh_kawahara
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どこだって、やる人はやるし、やらない人はやらない

こんばんは。今週はついに飲み会に4回になってしまいました。
地方に行ったら飲み会なくなるとか嘘だった。。いや、正確には、元々多い方なので東京の時に比べたらちゃんと減っています。結局、これも人それぞれですね。

今日は、先週の農業イベントで知り合った女の子に案内をしてもらって、お隣の串間市を観光してきました。
野生の馬がいるという都井岬にも初めて行ったのですが、景色も良いし、楽しかった~
  

観光しつつ、色々と話をしていたのですが、高知の大学に通っていたという子が「大学時代は飲みに行く以外にやることないから、すごく飲みに行っていた」と言うのを聞いて、「あれ、東京の大学生も同じじゃない?」と気づきました。
思い返しても、遊ぶと言えば飲みに行くか、カラオケに行くか。買い物に行ったり、映画に行ったりもするけど、それは数人の場合で、何人も集まってやることってそんなにない。ディズニーランドだって毎月行くわけでもないですし。

いま、弟に加えて従妹2人が東京で大学生をしているのですが、夏にその3人に会ったときに「やることがない。何をして遊んだらいいんだろう?」と言っていたのを思い出しました。みんな何して遊んでいたんだろう?

そう話していたら、その場のもう一人が「でも、東京には勉強会とかセミナーがたくさんありますよね?」と。
それはそうなのですが、そこに参加している大学生って、何%くらいなんだろう?と思うと、割合自体は首都圏の大学と地方の大学で変わらないのかもしれません。
実際は分かりませんが、絶対数が違うから多く見える、というのは東京あるあるです。

そういえば、昨日はおび小商い大学『当事者意識が街を少しずつ変えていく〜塩尻市にみるミクロとマクロの取組〜』というイベントに参加したのですが、その中でも近いことを感じました。
ゲストスピーカーは塩尻市シティプロモーション係長の山田崇さん。
(山田さんの活動はたくさんありすぎて上手く紹介できないので、こちらで→42歳 元ナンパ師の市職員が挑戦する、すごく真面目でナンパな「地域活性化」の取り組みブログ

このブログのタイトルだけでも攻めているのですが(笑)、塩尻だからできたとか、市職員だからできたというよりは、とにかく山田さんだからできたってことばかり。
属人的というのはマイナスに捉えられがちですが、この場合の属人性というのは、どんな地域やどんな立場であっても街を変えていくことができるという、ポジティブな属人性です。
もちろん、やり方はその人特有のものなので、キャラクターもバックグラウンドも何もかも違う人が同じことをしても上手くいかないわけですが、逆に自分に合った形であれば、どんな街でも、どんな立場でも一人の力で変えられる。そう思えた勉強会でした。

ちなみに、この昨日のイベントはFacebookでたまたま見つけた人だけが参加してくれればいい、ということで10人くらいのすごく贅沢な会でした。
結果、主催者の方と全く面識がなかったのは私だけという笑
ただ、そのお陰で濃いお話がいろいろと聞けて、初対面なのに打ち上げにも参加させてもらえて、本当に楽しかったです。
機会は少ないかもしれないけど、1回の出会いが濃いのが地方の良いところだな、と私自身は感じています。


2017年11月7日
から sh_kawahara
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あっても意味がないもの、なくても困らないもの

こんばんは。移住してあっという間に1か月が経ちました。
Facebookには投稿していたのですが、この間の3連休はすごく充実していて、新しい人ともたくさん出会うことができました。
週末も少しずつ予定が入るようになってきて、しばらく宮崎市のイオンモールに頼る必要はなさそうです。

それで思い出したのですが、前職で高校生に大学選びを考えてもらうプログラムをやっていたとき、よく伝えていたことの一つに「どんなに充実した施設や制度があっても、使わなければあなたにとってはないのと同じ」というのがあります。
大学は受験生に向けて、図書館の蔵書が何万冊だとか、最先端の研究設備だとか、充実した留学制度だとか、様々な設備や制度をアピールします。
でも、一度も大学の図書館を使わない人は少なくありません。文系学部であれば研究設備を使うことはまずないでしょうし、留学に興味がなければどんな留学制度があろうと関係ありません。

もちろん、必要な人にとっては進学するかどうかの決定を左右する、重要なポイントです。
一方で、例えば保育士と幼稚園教諭の2つの資格を両方取りたい、と考えている人にとっては、そういうカリキュラムになっているかの方が大事で、それがあるなら上記の3つの点はなくても良いかもしれません。

これは、首都圏と地方の比較においても、言えるのではないかと思っています。

私は東京を離れる際、いつか行こうと思いつつ行っていなかった場所をリストアップして、ひたすら行きました。
具体的には、歌舞伎、上野動物園、ジブリ美術館、江戸東京たてもの園、日本科学未来館、川越、ひみつ堂(かき氷)などなど。
つまり、10年以上住んでいて、いざ東京を離れるとならないと行かない場所がこんなにあったのです。
さらに言えば、東京を離れるとなっても結局行かなかった場所ももちろんあります。

こういった特別な場所でなくても、私にとって「なくても大丈夫」なところはいくつもあります。
映画館に映画を観に行くことはほとんどないので、映画館が身近になくても困りませんし、スポーツ観戦もしないので、東京オリンピックを東京で迎えられないことにも残念な気持ちはありません。

では、なくてはならないものは何かと言われるとぱっとは出てこないのですが、英語力が低いので暮らすのは日本語圏が良いなというのと、Wifiがつながるところ、くらいでしょうか。
あとは、コミュニティに参加するのが好きなので、そういうつながりが作れる、というのが大事です。

実際、日南にいると、まるで一つの学校や会社のような距離感でつながっていきます。
この間知り合った人が会社の人と友達だったとか、知り合いのご両親と別のイベントで知り合うとか、コミュニティが重なり合うのです。
これを嫌がる人もいると思いますが、私自身はパズルが組み合わさっていくみたいな感じがして、結構楽しむことができます。

あっても価値がない、というと言いすぎかもしれませんが、あれがない、これがないと不満に思うときには、本当になかったら困るのか、考えてみてもいいのかな、と思いました。


2017年10月30日
から sh_kawahara
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残る地域と残らない地域の違いは、「おいでよ」「ようこそ」かもしれない

こんばんは。2週連続の台風のせいで家にいる時間は長くなりましたが、それ以外は平和に過ごしています。
最近の成長(?)は、焼酎も少し飲み慣れてきたことと、2次会はスナックでカラオケ、を経験したことです笑

これまで、「都市」と「地方」というざっくりとした括りで書いてきましたが、「地方」の中でも「日南」でなければ、私はこんな風に思い切り良く移住できなかったかもしれないな、と最近思っています。

日南がすごいなぁと思うのは、私が移住してきたと言うと「ようこそ」と言ってくれることです。
当たり前に思うかもしれませんが、もしも私が地元八代に住んでいて、東京から縁のない人が移住して来たと聞いたら「何でわざわざ?東京に住んでいれば良かったのに」と言ってしまうかもしれません。
実際、東京で出会った人に「旅行で熊本に行ったことがあるよ!」と言われると、「どうして?何をしに?」と返してしまっていました。
私自身は生まれ育った土地なので、熊本も八代も大好きですし、中を知らない人に馬鹿にされればもちろん怒ります。
かといって九州外の人がわざわざ旅行したり、移住したりする程の価値ってあるのだろうか?と思ってしまうのです。
自信がない、と言えば良いのでしょうか。
行ってみたけど何もなかった、楽しめなかった、と思われるんじゃないか、心配になるのです。

もちろん、日南の場合は移住してくる人が増えていることによる慣れだったり、気を遣っているだったり、というのは多少はあるかもしれません。
ただ、日南に限らず「おいでよ」と言ってくれる友人たちの町を思い返すと、海士、上勝、小布施、尾道、糸島など、どこも特徴が浮かぶような地域ばかりで、かつ友人たちも地域に深く関わっていることが多いのです。
「おいでよ」や「ようこそ」には、その町に対する愛着と、コミットメントの深さがあるのかな、と。

実は、私が九州に帰ると言ったとき、母には反対されました。
こっちには仕事がないから、大人しく東京にいなさい、と言うのです。
もちろん、親として心配してくれたことと思いますし、これまでも「地元に帰ってきて公務員や銀行員になりなさい」などと言われていないだけありがたい、と思っています。
しかし、親が子どもに安心して「戻っておいで」と言えない町だというのは、少し寂しいことですし、そういう町は少なくないように感じています。

正直なところ、人口減少を考えれば、全ての市区町村がこれからも存続するのは難しいでしょう。
ではどこが残り、どこが残れないかというと、経済規模とか人口とか資源とかではなく、そこに住んでいる人(しかも役所の人とか観光業の人とかではなく、暮らしを営んでいる普通の人)が笑顔で「おいでよ」、「ようこそ」と言える町なのではないかな、と思ったのでした。


2017年10月25日
から sh_kawahara
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生活のしやすさを比べてみた

こんばんは。移住して3週間ほどほどが経ちました。
先日の台風も大きな影響を受けることなく、元気に暮らしています。

そんな今日は「東京に比べて不便か?」ということについて。
結論から言えば、今のところそんなに不便じゃないんですよね、これが。

スーパーも、ドラッグストアも、ディスカウントストアも、100円ショップも、家電量販屋も、ホームセンターもある。
Amazonも翌日には届くし、これだけあれば日常生活には困らないのでは、と思います。

もちろん、車がないと不便極まりないのは間違いありません。
だけど、「車生活を送れる」というのは逆に便利だなーと。
日用品を買い込んだときとか重いですからね。洋服も結構かさばるし。

むしろ東京にいたら「車生活が送れない」とも言えるな、と思いました。
駐車場代は高いし、出かけた先で駐車場を探すのも大変。
試しに前に住んでいたところ周辺で月極駐車場を検索してみたら、徒歩15分かかるような遠いところにしか空きがなさそうで、しかも月3万~5万くらい。こっちなら部屋が借りられそうです。

一方で、生活コストが下がるかと言われると、物価はほとんど変わりませんし、そもそも一人暮らしにかかる生活費なんてたかがしれているので、支出が半分になる、なんてことはきっと起きません。
(もちろん、お金の使い方は変わるので、そういう意味で出費は多少変わると思いますが…)

ただ、コストはやや下がる程度でも、1.5倍くらい良い生活を送れている感じです。
例えば家だったら、家賃は東京のときから下がったのが3万程度だとして、でもバス・トイレ・洗面所別になって、駅からもすごく近くなっている、みたいな。
同じくらいの部屋に東京で住むなら、当時の家賃プラス3万は必要だったかな、というところです。
あとはよく言われることですが、食べ物もすごく高いお金を払わなくても、美味しいものが食べられるとか、そういう点で良い生活、と表現してみました。

だからこそ、改めて仕事においてこれだけ差があることが不思議でならない。
その辺りはこれから考えていきたいと思います。


2017年10月17日
から sh_kawahara
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移住の難易度を高める時間とお金の話

こんばんは。移住して2週間近くが経ちました。
先週は社内の飲み会があって、話す機会のなかった人とも話せたり、飫肥城下祭りというお祭りで竹あかりのお手伝いをしたり、それらに伴って知り合いも増えてきて、少しずつ生活に馴染んできたように思います。
あっという間につながりが広がっていくのは、日南市ならではかもしれません。

さて、移住の経緯についてまとめてきましたが、今回は移住すると決めてからが大変だった話。
もう心から訴えたいのが、移住ってめっちゃ準備が必要!!!!!
世の中、移住しようぜ☆みたいな話が溢れていますが、移住してからの話が多くて、移住するまでの話が全然出てない。
誰か教えてほしかった、、、(というか周りに結構いるから聞けばよかった)と思いました。

まず仕事探し。
東京で転職活動をする場合、早いと面接に行った時点で「じゃあ、来月から働けますか?」みたいな感じ。
あくまで私の経験の範囲ですが、2・3か月後には転職しているくらいのタイミングになってから転職活動を始めないと、スムーズに移行できないのでは、と思っています。1社に応募してから書類選考~面接まで、2週間前後くらいのイメージ。

一方で地方で仕事を探す場合、条件を出しても合致する会社がそもそもない可能性がある。
そうすると、待つ時間が発生します。
すぐ出てくるかもしれないし、1年経ってやっと出てくるかもしれない。
都市圏だったら候補が何十社、何百社とあって、その中から10社くらいに絞って応募して、並行させて比較しながら絞り込んで(絞り込まれて)いくという感じですが、地方での仕事だと一つ候補が出て来て、それを検討してアリナシを判断して返事して、といういわば絶対評価。
さらに面接についても、行くだけで半日とか1日かかるので、じゃあ来週の終業後の時間に、というわけにはいかず、1社に応募してからの内定までの期間が1か月とか、2か月とか余裕でかかります。

他の移住した人の話も踏まえると、転職活動を始めて仕事が決まるまで、どんなに早くても半年、仕事選びにこだわるなら2,3年とかの長期で見て、良い仕事と出会えたタイミングに、くらいのスケジュール感でいた方が良いように思いました。

次に家探し。転職に伴って引っ越しも進めるというのは本当に面倒でした。
というのも、仕事が決まって、今の仕事をいつ辞められるかが決まって、 新しい仕事の勤務開始日が決まって、というところまで行かないと、住んでいるところへの退去の連絡もできないし、新しい家探しもできないのです。

そして新しい家を探すにも、また現地に行かないといけません。仕事関係のいろいろな調整がついて、入居日の目途が立った時点で行くわけですが、それもまた予定の調整やら飛行機の手配やらがあって「明日、部屋を見に行きます」というわけにはいきません。
現地で代わりに内覧して、写真を撮って送ってくれて、部屋の広さとかも測ってくれるようなコンシェルジュ的なサービスってないのかな・・・

さらに引っ越しの準備。引っ越し先の部屋が決まったら、引っ越し業者の手配です。
これも長距離移動だとなかなか大変。都内から都内とかであれば、時期によっては2週間前でもどうにかなると思うのですが、1か月半前に問い合わせたのに、トラックの配送計画上、希望の日程では運べない(搬出日にできるのはこの日とこの日など)言われたこともありました。
ちなみに東京から宮崎は、短くても中2日の様子。私は安くするために中3日のプランにしたので、搬出日と搬入日を足すと引っ越しに5日かかっています。
待っている期間は実家に帰っていましたが、実家からも遠い場合、みんなどうしているんだろう?ホテル?

最後に車の準備。
私の場合はすぐに欲しかったので、東京で買って、熊本に納車してもらって、実家での待期期間に受け取って車で宮崎へ行きました。
すぐに買わないという人もいるかもしれませんが、普通の買い物のように買ったらその場で持ち帰れるものではないですし、引っ越しに伴っていろいろな日用品を買い込むのには車がないと厳しかったなと思うので、いずれにしても段取りが必要かなと思いました。

と、ここまでを整理すると、仕事が決まるまでに半年、決まってからの引っ越し準備に2~3か月は欲しいかなというのが実感です。
加えて、ここまでにお金がかかりまくる!!
車の割合が大きいですが(私は軽の中古車)、面接や部屋探しで現地に行く交通宿泊費もかかりますし、敷金・礼金・引っ越し代もかかりますし、余裕で100万は超えますね。あー恐ろしい。
私自身はこういった部分はハードルに感じない方なので、だからどうということはないのですが、移住促進という分野に踏み込むからにはこの辺りの感覚を大事にした方が良いのかな、と思いました。


2017年10月8日
から sh_kawahara
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東京脱出を諦めかけた「働く」のこと

こんばんは。日南へ移住して5日目となりました。
引っ越し(入居)の次の日から新しい仕事だったので、この週末を使ってやっと段ボールを片付けたところです。
そんな近況もゆくゆくはまとめたいのですが、引き続き経緯を振り返るシリーズで今回は「働く」について。

前回の記事で書いたように、「仕事」一択だったこれまでから「家族」や「暮らし」も考える生き方にシフトしようと決心したものの、やはりそれが揺らぐほど仕事選びが難しかった。

実のところ、地方でも面白い仕事をしている人をたくさん知っていたので、ある程度のスキルやキャリアがあれば、地方でもやりがいのある仕事を見つけることができる、と思って転職活動を始めました。
それ自体は間違っていなかったのですが、ある程度のスキルやキャリアがあれば、東京ではもっとやりがいがあったり、チャレンジングな仕事ができる、という当たり前のことが抜け落ちていたのです。

とてもありがたいことに、熊本でも東京でもお仕事のご縁をいただいたのですが、どう考えても東京の仕事の方が魅力的で、東京脱出を諦めるかどうか、すごく悩みました。
特に私の場合、「家族」や「暮らし」のことを考え始めたと言っても、親の介護が必要なわけでも、結婚&子育てをしているわけでもないので、結局は「働く」に求めるものの比重を小さくできませんでした。

東京でもう少しチャレンジして、さらにスキルアップしてから九州に帰っても良いのでは?とアドバイスをいただいたこともありました。
一方で、年齢的にも、ライフステージの変化の可能性的にも、いつでも九州に帰れるというわけではないよ、という指摘をいただいたこともありました。
東京ではもう生活したくない、だけど仕事の面白さ(私にとっては、社会変革につながる事業で、チャレンジング&クリエイティブな業務内容であること)も捨てられない、だからといって何の目途もないのに起業や独立もしたくない、という超ワガママ状態。

そんなとき、紹介してもらったのが宮崎県日南市でした。

実は紹介されるまで、日南市の取り組みについては全く知りませんでした。
しかし、偶然にも今年のGWに「たまには太平洋の海を見に行こう」と言い出した母と旅行で訪れていたのです。
そんなところに縁も感じ、市の取り組み自体も非常に興味深く、幸い仕事の縁もいただくことができて、移住することに決めました。

良い例えなのか分からないのですが、今回の転職活動を通じて、東京で面白い仕事をするというのは、魚料理を作るときに切り身を買ってきて料理するみたいなものなのかも、と思いました。
魚を釣るとか、うろこを取るとか、捌くとか、面倒な作業は全て終わっていて、味付けというクリエイティブな部分だけを担当できる状態。
ビジネスで言うところの「切り身」から料理するというのは、すでに色んな観点や価値観で事業を起こしている人たちがいて、自分で一から立ち上げなくてもそこに加わって仕事ができる状態、みたいなイメージです。

一方で、地方で面白い仕事をしようとすると、魚を釣るところから始めなければならないかもしれません。
しかし、その魚の切り身が東京でも売っていないようなマイナーな魚で、その地域でしか獲ることができないのだとしたら、やはり東京を離れてその地域へ行って、釣るところからやらなければならないのです。
地方で事業を起こしている人というのは、そんな感じなのかな、と。

私の場合、自分で事業をゼロから立ち上げたい!という志向がない(むしろ起業とか最後の手段だと思っている)ので、そこまでのものはなくて、あくまで乗っかっているだけですが、これはこれで一つの実験だと思っています。
というのも、移住で取り上げられて「地方でも面白い仕事できるよ!」と言っている人は飲食店等を含む起業だったり、東京の仕事も請けるフリーランスだったりして、それができる(したい)人は移住を考える人のごく一部だろうな、と思うからです。
もちろん、それはそれで大事ですが、それだけだと地方での仕事の幅は広がりません。
東京に機能が集中しているクリエイティブな仕事を、起業も独立もなしで地方で行うことができるのか、ということについて、実際に働きながら考えていきたいと思います。

ちなみに、この紆余曲折の中で、夢職人の代表の岩切さんや、ETIC.の事務局長の敦子さん、G-netの元代表の秋元さん、NEWVERYの元代表の山本さんという(若干の偏りは置いておいても)素晴らしい人生の先輩方にアドバイスをいただき、そして日南ではマーケティング専門官の田鹿さんにお世話になってここに落ち着くことができました。
本当にありがたいことですし、アドバイスして良かった、時間を使って良かったと思ってもらえるように頑張りたいと思います。

今日、見に行った海。家から車で3分くらい。


2017年10月2日
から sh_kawahara
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東京を出よう!と思った「家族」と「暮らし」のこと

こんにちは。改めまして、9月末をもってNEWVERYを退職し、宮崎県日南市へ移住することを決めました。
引っ越しまですごくバタバタで、会ってのご挨拶ができなかった方がいるのが心残りですが、何とか荷物を運び出すことができました。

さて、移住するにあたっては、「何で日南なの?」「何の仕事をするの?」などなど、聞かれることが多いので、その経緯や思ったことをこれからゆるゆるまとめて行きたいと思います。
まずは、東京を出よう!に至った話。

実際、理由が複合的なので、自分でもどうしてそういう気持ちになったのか一言では表せず、その時々によって答えが違ったりしているのですが、そもそも上京したときから「一生、東京で生きていくぜ!」と思っていたわけではありません。
一方で、地元で何かしたいと思っても、一定の能力がないと難しいだろうな、というイメージがあって、新卒で熊本へ戻ることも全く考えていませんでした。東京で修業しつつ、いつかは・・・くらいのふわっとしたやつです。

そんな中、東京を出よう!と思い立ったのには、大きく2つのきっかけがありました。

1つめは、2年前に父が癌を患っていると分かったとき。
発覚時にはすでに末期だったこともあり、「いつかは」なんて悠長に構えている場合ではないのでは、と考え始めました。
そして父が亡くなり、母だけになったときに、もう少し近くにいたい、と思うようになりました。(弟が2人いますが、1人は結婚して埼玉に家を建て、1人はまだ大学生で東京にいます)
結局、熊本には帰りませんが、それでも帰省にかかるお金は10分の1なので、かなり帰省しやすくなっています。

2つめは、今年の3月に演劇ワークショップの卒業公演が終わったとき。
演劇ワークショップは2年通いましたが、この時の卒業公演はかなりやり切った感があり、「東京でやりたいと思っていたことは全てやってしまった」という想いがふと降りてきました。
元々、上京時には大学進学の裏で声優になる夢もまだ諦めていなかったので、お芝居に対する潜在的な想いがあったのかもしれません。
去年は卓球や囲碁もやって、やりたいと思っていたことは一通りできた(無知から初心者になったレベルですが)タイミングでもありました。

そうなると、東京の人混みやせかせかした感じが耐え難いストレスに感じられてきたのです。
もちろん、それまでは多くのチャレンジの機会と刺激的で温かな人たちとの出会いを得て、東京生活も苦に思ったことはありませんでした。
しかしここへ来て、東京のストレスフルな暮らしを我慢し続ける理由ってそろそろないのかも、と思い至ったのです。

これまでの私は、優先順位としては「仕事」一択でした。
でもそろそろ、「家族」や「暮らし」のことを考えたいかもしれない、と思った。というのが、東京を出よう!と思ったきっかけです。