学ぶと働くの重なるところ

学んだことを使うこと、経験から学ぶこと、学ぶと働くの重なるところについて考える。企業の採用コンサルタントを経験し、2つの教育系NPOで活動する中で考えたことを綴ります。

無償であることの代償

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こんばんは。
今日は、とっても残念な気持ちになったことがあったので、その話を。

先日、学校と企業・団体の教育プログラムをつなぐことを目的としたとあるプラットフォームにWEEKDAY CAMUPUS VISITの参画を申請したら、
・他の企業や団体のものと比べて本当に載せたいか検討してほしい
→見たら、ほぼ学校単位のもの&授業内で1、2コマで終わるものだった
・無償じゃなければいけない
と連絡があったのです。

WEEKDAY CAMUPUS VISITは高校生が個人単位で申し込む公募型がメイン、かつ学校単位のものは色々と問題があって無料継続するか検討中だったので、その旨をご相談したところ、あっさりお断りをされてしまいました。

正直、私は企業や団体が提供する教育プログラムが「無償」でなければ載せない、ということに軽く憤りを覚えました。
別に、採算ラインに乗るほどの金額を取ろう、なんてことは言いません。
でも、人を使っておいて交通費さえも出さない関係性を適切な関係だと思えないのです。

実際、本当にちゃんと外部活用について考えていらっしゃる先生は、1000円でもお金は出すようにしている、でないと対等になれない、と言います。
無償で提供していただいてる、という負い目があると、必要なリクエストもできないという考えです。

この仕事を始めてみて、様々な外部の教育プログラムを見ていますが、その品質は玉石混淆です。
しかし、無償が当たり前という価値観が大半である以上、不適切なプログラムでも淘汰されないように見えます。

また「無償」というのは、選ぶ側の思考停止をもたらします。
何かのおまけとか、知人の不要品とか、「どうせタダならもらっておくか」みたいな考えで受け取って、結局いらなくて捨ててしまった、みたいな経験がある人も少なくないと思います。
実際には、無償である上に学校内の調整が少なくて済むような、使い勝手の良いものが好まれると聞きます。

企業のCSRなら無償でもいいのでは?と言われるかもしれません。
しかし、経済危機があれば、真っ先に切られます。
私はリーマンショックのときはアイセックというNPOに所属していて、協力企業が次々と減っていったのを目の当たりにしました。

それに、企業が無償でプログラムを提供しているようなマーケットでは、事業型で採算を取りながらプログラムを提供しようと考えるNPO団体はやっていくことができません。
補助金や助成金、寄付を資金に運営している団体だと、経済危機や震災があればすぐに資金を引き上げられて継続できなくなってしまいます。

結果的に、困るのは学校なのです。

もちろん、公立の学校などは、外部のプログラムに対して予算を割くのが難しいことも理解しています。
それは、金額そのものの問題の場合もあれば、予算を新しいものに使うことがなかなか承認されないという制度の問題もあると思います。

しかし、だからといって「無償で提供されるのが当たり前」と思うべきではないし、ましてや外部からそれを支援するプラットフォームが、この風潮を助長してはならないと思うのです。

ちなみに、その某プラットフォームの方に対しても、さらっとこの問題を指摘したら、社会貢献活動として、「無償」で「良質」なプログラムを紹介する、と返答をいただきました。
どんな方法でもって「良質」なプログラムを選定されるのか、もやもやが止まらなかったのでした。


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