学ぶと働くの重なるところ

学んだことを使うこと、経験から学ぶこと、学ぶと働くの重なるところについて考える。企業の採用コンサルタントを経験し、2つの教育系NPOで活動する中で考えたことを綴ります。

地方の進学校の役割が悩ましい。。。

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こんばんは!
帰省を終えて、東京へ戻ってきました。
休みも終わってみるとあっという間ですね。

さて、昨日は高校の同窓会がありました。
なんと、卒業から10周年!それこそあっという間でびっくりです。
ちゃんとした会場で、先生たちも何名か来てくださり、集まった人数は約120人。
8クラスで300人くらいいたので、3分の1以上集まったことになります。

色んな人と「今どこで何してるの?」という話をするわけですが、意外にというのか当然というのか、地元に残っている人はほとんどいませんでした。
もちろん近場の人の方が参加しやすいからか、熊本市内だったり、九州の別の県だったりが多くて、本当に全国に散らばっているという感じではなかったのですが、思っていたよりも地元に残っている人が少ないなぁ、と思いました。

一方で、他の高校に進学した小中学校の同級生の近況を聞くと、地元で就職しているだけでなく、最近は商店街に店を出したとか、エステを開業したとか、地元に貢献してるな、と思う話が増えてきました。
どこも大体同じだと思うのですが、県庁所在地ではない地方都市くらいだと、大学進学するならこの高校、専門学校進学メインはこの高校、就職が多いのはこの高校、と1つずつくらいしか選択肢がなくて、勉強の得意不得意で進路はほぼ決まります。
私はその狭いエリアの進学校だったので、多くが大学進学をしていて、地元だとその高校に進学するのがステータス的な扱いをされるわけですが、実際に大人になったら真っ先に地元からいなくなっていることを考えると、本当に評価されるべきは他の高校なんじゃないか、と思ってしまいました。

結局、地方で子どもを産み、育て、都市へ人材を供給源する、という構造が変わっていないのでしょう。
私の弟は現在まさしく同じ高校の2年生ですが、大学は東京を志望していて、志望学部的にも地元に戻って就職するのは難しいだろうな、と感じなので、本当に構造は変わっていないと思います。
実際にはこの構造はこの成熟社会においては機能せず、歪みが生まれているわけですが、そこに対する問題意識を持っている人も、まだあまり多くないように感じました。
さらに友人の中には、両親も引っ越してしまって実家もない、という人が増えていて、この同窓会を最後にこの町に戻ってくることももうないかもしれない、という人も少なくありません。

帰るたびに店が減り、まちは寂れ、さらに友人たちも去っていくのは淋しいな、と地元に残ってもいないくせに勝手ながら思うわけですが、地元の衰退と、歯止めの担い手のいなさをひしひしと感じた帰省でした。


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