学ぶと働くの重なるところ

学んだことを使うこと、経験から学ぶこと、学ぶと働くの重なるところについて考える。企業の採用コンサルタントを経験し、2つの教育系NPOで活動する中で考えたことを綴ります。

自分の関心のある課題にだけ向かうことの後ろめたさ

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昨日、今日は大阪出張。
今は帰りの新幹線の中なのですが、新幹線に乗った途端にあちこちで響く、缶ビールを開ける「プシュ」という音には何とも言えない日本のサラリーマンの一体感を感じます。
ちなみに私は今日は休肝日です笑
さて、今日は大阪でセミナーだったのですが、帰りに大阪駅の近くでUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の募金?のようなことが行われているのに遭遇しました。
1,2分で良いので、お話を聞いてもらえませんか?と必死なお兄さんに申し訳なく思いながら素通り。
話を聞いた方が良かったかな、通ってしまってから後悔していまいました。
ここ1、2年特になのですが、新しい方々と知り合ったり、Facebookでつながったりしていると、その人が取り組んでいたり、応援していたりする様々な社会問題に出会います。
地方の少子高齢化、途上国の自立支援や教育支援、東北の子どもたちの教育支援、福島の子どもたちの外遊びの機会作り、ホームレスの自立支援などなどなど・・・
そしてその中には、ボランティアとして手伝うことを必要としていたり、募金を必要としていたりする活動もたくさんあります。
しかし、私の時間もお金も有限です。
高校生の主体的な大学選びを支援するWCV@NEWVERYを主軸に、小中学生の体験活動を通じた教育@夢職人をセカンドに置いて、あとはいくつかの知人友人の活動については意見交換をしたり、相互に周知しあったり、というのが今の私の全てです。
募金は定期的にどこにするようなことはしていません。
一方で、自分がNPOで働いているから、他の活動は支援しなくても良い、と無意識に免罪符にしているのではないか、という気もします。
余暇に使っているお金も時間もあるので、何だか後ろめたいのです。
そんなことを考えていたら、石巻に行ったときのことを思い出しました。
3.11から1年近く経ったときで、友人の誘いで2日だけボランティアに行ったときのことです。
大したお手伝いはできなかったのですが、現地の方との触れ合いの中で私は、「わざわざ石巻に来て手伝うだけが復興支援ではなく、友人や家族に優しくするとか、日常的に自分の場所で自分のできることをして社会に関わっていくことが大事なんだな」という感想を持ちました。
自分が社会的な課題の中で具体的に取り組みたい、と思っていることは今取り組んでいることです。
しかし、世の中にはそれ以外にもたくさんの課題があります。
そんなときは、その課題に取り組んでいる人や団体を見て、目の前にしたその人を応援したい、と思ったときに時間やお金を出来る範囲で提供すれば良いのかな、という結論に至ったのでした。


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