「やっている」のに「できていない」キャリア教育の不思議

キャリア教育についてベテランの先生とお話をしていると、「新学習指導要領にキャリア教育が明記されたからか、最近やたらとキャリア教育と言われるけど、とっくの昔からやっている」と憤慨する声がたまに聞かれます。

キャリア教育という言葉が誕生して約20年。全国の中学校で職場体験が行われ、進路について知ったり考えたりする機会も随分と増えました。
それを1から立ち上げてきた先生方にとって、やってきたことを「できていない」と言われることは、確かに不本意でしょう。
それでも、宮崎県のキャリア教育を推進する立場としては、「できていない」と言い続けなければなりません。

前職でご一緒していた倉部史記さんは、「進路選択」ではなく「進路づくり」という言葉を使っていました。
既存の選択肢から進む道を選ぶのではなく、自分で進む先を作っていく力。

この目的とする子どもの姿のズレが、「やっている」のに「できていない」という事象につながってくるのだろう、と思います。

先日、知り合いの先生から聞いたのですが、県南エリア(日南・串間)は今年は特に中3の世代が少なく、エリア内の公立高校の定員を下回るとのこと。
宮崎市内の高校や私立高校へ進学する子もいますので、余程の目的があってハードルを上げない限り、希望する高校には苦も無く進学ができることになります。
だからこそ、何のためにその高校・学科へ行くのか、進学後にどんな高校生活を送るのか、受験指導ではない、もっと視野の広い指導をしていかなくてはならない、と危機感を募らせていました。

この例に限らず、どの地方でも子どもの数が定員を下回る状況は多く見られますし、私立大学も4割は定員割れ。同様の課題は全国至るところで発生しています。
どの選択肢を選んでも将来の保証がない現代社会において、自分の進む先の指針をつくり、道を切り拓けるようなキャリア教育を目指したいな、と改めて思ったのでした。