宮崎県キャリア教育エリアコーディネーターに就任しました
この度、宮崎県のキャリア教育エリアコーディネーターを務めることになりました。
業務としては週3くらいなので、これまで通り日南市教委の巡回相談員や個別の学校支援、社員研修、講演活動なども行って参ります。

実は、大学生の頃はキャリア教育のコーディネートの仕事を志していました。
卒論のテーマもキャリア教育。当時はキャリア教育の事例をまとめた本はあっても、キャリア教育そのものを論じた本は見つけられず、学校の先生にヒアリングしたり、キッザニアでアルバイトをしたりしながら、完全に持論を展開して提出しました(笑)
就職活動でもキャリア教育に携わる仕事を探したのですが、そもそも学校と塾以外に教育に関わる就職先がほとんどなく。
唯一、キャリア教育のプログラム作りをやっているというベンチャー企業を見つけたのですが、主事業は企業の社員研修で、稼げないキャリア教育は縮小傾向。最終面接で落ちてしまいました。
最終的に「人の成長やキャリア形成に携わる仕事」と広く捉えて、企業の採用支援や社員研修を行う人事コンサルティング系の会社に就職。その後の経歴はプロフィールの通りです。
正直なところ、このお話をいただくまでキャリア教育のコーディネーターをやることになるとは、思ってもみませんでした。
諦めずに夢を追い続けたとか、全てを見越して計画していた、というわけではありません。
ただ、自分の能力の届くギリギリの範囲で、やりたいと思う仕事に一番近い際を見極めて、やらせてもらえるようアピールして拾ってもらってきた、という感じでしょうか。
高校野球で例えると、甲子園常連校の中で、自分がレギュラーになれそうなギリギリの高校を狙って入る、みたいなイメージです。
周りからは、NPOへ転職したことも、日南へ移住したことも、フリーランスになったことも、リスクを考えないすごいチャレンジのように言われます。しかし個人的には、自分の能力を大きく超えて冒険することもなく、かといって妥協することもないギリギリを狙った、打算的で堅実な選択をしてきたと思っています。
(フリーランスはさすがに冒険でしたが、見通しが立たなければ、引っ越せるくらいの貯金が残っているうちに東京に戻るつもりでした)
と、長くなってしまいましたが、お仕事はこれから。
これまで私に様々な機会をくださった方々への感謝を込めて、しっかり責務を全うしたいと思います。
ちなみに私は2009年4月に社会人になったので、今年で社会人11年目。
ちょうど10年の区切りを経てこの役割をいただいたことに、何だか運命的なものを感じたのでした。

