やりたいことがない人が理解できない

今日はNPO法人企業教育研究会さんが主催する千葉授業づくり研究会へ。
予定とテーマへの関心が合ったとき、年1~2回くらい行っている研究会で、今回のテーマは「子どもに教える 安全で正しいナイフの使い方」でした。
夢職人で子どもたちとナイフを扱うこともあるので、その勉強です。

終了後は、一緒に研究会に参加してた夢職人のスタッフと飲みに。
最近のもやもやを色々と議論して、とてもすっきりしました♪

特に盛り上がったのは「やりたいことがない人が理解できない」ということ。
一時期は、すごいことじゃないとやりたいことって呼べない雰囲気があるんじゃないか、とか、別になくても良いのにないとダメみたいな空気が良くないんじゃないか、とか擁護する見方もしていたのですが、単純に理解の範囲外にあるということに変わりない、という結論に至りました。

やりたいことがない人が悪いとは思いません。
しかし、こんなにもやりたいことがない人が多い社会はやっぱりおかしいんじゃないか、と思うのです。

理事長の山本さんがよく言っているのですが、「やりたいこと」と「やってみたいこと」は違います。
「やりたいこと」は、「やってみた」先にしかないのです。
つまり、「やりたいこと」を見つけるためには「やってみた」経験を積み上げるしかありません。
その原動力とは、好奇心ではないでしょうか。

結局、どんなに情報化社会になっても、やってみないと分からないことはたくさんあります。
今日のナイフのワークショップも、ナイフを危ないからと遠ざけるのではなく、正しい使い方を教え、多少ケガをしてもその痛みで危険性を知り、集中力や倫理観を養うことを目的としていました。
子どもを危険から遠ざける動きは思っていた以上に深刻で、今や稲刈り体験を鎌ではなくハサミで行う学校まであるそうなのです。

やってもみないうちから、これは良いこと、これは危ないことと前もって教え、良さそうなことだけに厳選してやらせているのでは、おそらく好奇心も育まれません。
それに、嫌なことや不快なことも体験しないと、相対的に好きなことや快適なことを知ることもできないのです。

その点、私は恵まれていて、やってみたいと言ったことは体験させてもらえましたし、逆に私がやる前から嫌がっていても、一回やってからそれでも嫌だったら良いから、やってみて、と親が言ってくれました。
そのような家庭環境に依る違いも深刻です。

そんなわけで、草の根的ではありますが、やりたいことがないという人に対しては変にフォローせずに「一回やってみよう」を口癖にしていきたいと思います!


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