学ぶと働くの重なるところ

東京で企業の採用コンサルタントを経験し、その後2つの教育系NPOで活動していた私が、新しい生き方を生み出すべく宮崎県日南市へ移住した話。

東京を出よう!と思った「家族」と「暮らし」のこと

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こんにちは。改めまして、9月末をもってNEWVERYを退職し、宮崎県日南市へ移住することを決めました。
引っ越しまですごくバタバタで、会ってのご挨拶ができなかった方がいるのが心残りですが、何とか荷物を運び出すことができました。

さて、移住するにあたっては、「何で日南なの?」「何の仕事をするの?」などなど、聞かれることが多いので、その経緯や思ったことをこれからゆるゆるまとめて行きたいと思います。
まずは、東京を出よう!に至った話。

実際、理由が複合的なので、自分でもどうしてそういう気持ちになったのか一言では表せず、その時々によって答えが違ったりしているのですが、そもそも上京したときから「一生、東京で生きていくぜ!」と思っていたわけではありません。
一方で、地元で何かしたいと思っても、一定の能力がないと難しいだろうな、というイメージがあって、新卒で熊本へ戻ることも全く考えていませんでした。東京で修業しつつ、いつかは・・・くらいのふわっとしたやつです。

そんな中、東京を出よう!と思い立ったのには、大きく2つのきっかけがありました。

1つめは、2年前に父が癌を患っていると分かったとき。
発覚時にはすでに末期だったこともあり、「いつかは」なんて悠長に構えている場合ではないのでは、と考え始めました。
そして父が亡くなり、母だけになったときに、もう少し近くにいたい、と思うようになりました。(弟が2人いますが、1人は結婚して埼玉に家を建て、1人はまだ大学生で東京にいます)
結局、熊本には帰りませんが、それでも帰省にかかるお金は10分の1なので、かなり帰省しやすくなっています。

2つめは、今年の3月に演劇ワークショップの卒業公演が終わったとき。
演劇ワークショップは2年通いましたが、この時の卒業公演はかなりやり切った感があり、「東京でやりたいと思っていたことは全てやってしまった」という想いがふと降りてきました。
元々、上京時には大学進学の裏で声優になる夢もまだ諦めていなかったので、お芝居に対する潜在的な想いがあったのかもしれません。
去年は卓球や囲碁もやって、やりたいと思っていたことは一通りできた(無知から初心者になったレベルですが)タイミングでもありました。

そうなると、東京の人混みやせかせかした感じが耐え難いストレスに感じられてきたのです。
もちろん、それまでは多くのチャレンジの機会と刺激的で温かな人たちとの出会いを得て、東京生活も苦に思ったことはありませんでした。
しかしここへ来て、東京のストレスフルな暮らしを我慢し続ける理由ってそろそろないのかも、と思い至ったのです。

これまでの私は、優先順位としては「仕事」一択でした。
でもそろそろ、「家族」や「暮らし」のことを考えたいかもしれない、と思った。というのが、東京を出よう!と思ったきっかけです。


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