暮らすと働くの重なるところ

暮らしにも、仕事にも満足している人ってどれだけいるんだろう?これからの時代、良く生きるためにはどうキャリアを重ねるのがいいんだろう?東京で学ぶと働くを探求したので、さらに暮らすを探求すべく宮崎県日南市へ移住しました。

大人として生きるのは、子どもが思っているより難しい

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こんばんは。
先日の記事を書いた後、さらに考えることがあって、別の視点から続きを書くことにしました。
タイトルも同じ感じにしています。頑張りました笑

前回は、大人が子どもに期待する以上に、食べていくって難しくなっている、ということを書きました。
一方で、子ども自身も、自分で稼いで食べていくとか、そこそこの生活を送るとか、そういうことについて意外に難しいということを知るべきでは、と思ったのです。

大学生で就活をしていたとき、友人がこんなことを言っていたのを、今でも覚えています。
「就活を通じて、電車に乗っている疲れたサラリーマンが、実はすごいんだ、と気づいた」と。
就活が上手く行かず、不合格になる中で、ちゃんと正社員として採用されて働いているであろうおじさんたち、もしかすると憧れの一部上場企業で働いているのかもしれない、その一見冴えない大人たちに、尊敬の念を抱くようになったということなのです。

私が思うのは、そこまでにならないと、大人ってすごいとか、働くって大変とかってことに気付かないとしたら、怖いなということです。

たまに「それなりの生活を送れればいい」みたいなことを言う人がいます。
しかし、社会に出て働いてみると「それなりの生活」を送るだけでも結構大変です。

なぜ、それが就職活動で挫折するまで、もしくは働き始めて突きつけられるまで、気付けないのか。
私はここにも、地域と人の仕事や暮らしが離れたことが原因としてあるのでは、と思うのです。

自分自身の就業観を形成された背景を追うと、やはり親の影響が大きかったと思います。
何度か出てきているように、私の実家は歯医者なのですが、1階が歯医者、2階が自宅ということで、両親の働く姿が小さい頃からすぐ近くにありました。
診療時間は9時から18時ですが、患者さんが来れば延長して対応します。
それこそ、遅いときは21時近くになることもあって、お腹をすかせながら終わるのを待ったものでした。
そういうときは、カーテンを閉めるなどの簡単な片付けも手伝いました。

夜遅くや土日でも、歯が痛いと患者さんから電話があれば、開けてあげることもありました。
風邪で熱があっても、休診にすることはなかったように思います。
ケータイがなかった時代、母は授業参観のときには合間に何度も公衆電話から電話をして、様子を確認していました。
徐々に患者さんが減ってきて、従業員のお姉さんが3人から2人になったということもありました。(さすがに辞めてもらったわけではなく、寿退職とかで後任を採用しなかっただけだと思いますが)
今思えば、それらが仕事の重みを認識するベースになったのかもしれません。

先週末、山形でカンファレンスに参加している間、珍しく母からLINEがありました。
メインは、帰省の際の業務連絡だったのですが、そのついでに「いま新幹線。広島で漢方の勉強会、泊まりです!」と近況が書いてありました。
母は薬剤師の資格を持っていて、昔はずっと歯医者を手伝っていたのですが、患者さんが少なくなったこともあって私が大学進学したくらいから調剤薬局でパートを始めたのです。
それ以来、漢方にはまっていて、私が使っていた勉強机は母のものとなり、漢方のテキストやノートが並んでいます。私が使っていたときよりもずっと、勉強机として機能しているかもしれません。
とにかく、自分は山形まで勉強会に来て頑張っている♪と勘違いしていたけど、母には全然敵わないな、と思ったのです。

勉強会と言えば、父も父で熊本市内の勉強会などにたまに参加していたように思います。
なぜ記憶にあるかと言うと、父が不在の夜は、父が嫌いなホワイトソースを使ったグラタンやホワイトシチューが夕ご飯になるからです。
父はお酒も飲まないので夕食にいないということはこれくらいしかなく、グラタンを食べられるチャンスが貴重だったので覚えています。

と、かなり個人的な話になってしまいましたが、農家にしても商店街の商店にしても、子どもの近くに親の働く姿がありました。
地方であれば、学校の先生であっても、子どものいる学校に配属になったり(実際にありました)、研究授業で見に来ていたり(その子にとっては授業参観)、病院や市役所であっても近所のおばちゃんに「あなたのお母さんにはお世話になってて」なんて話を聞くこともあるかと思います。
大人の働く姿が身近にあったのです。

一方で、現代の日本の大人の大多数を占めるサラリーマンというのは、何をしているのか、何でそんなに遅いのか、子どもにとっては謎だらけです。
一部の企業では、ファミリーデーという形で子どもや家族を職場に招待する日を作っていたりしますが、それもこういった課題への対応ではないかと考えられます。

前述の山形県のカンファレンスで事例紹介をされていた、岐阜県立可児高校の地域課題解決型キャリア教育の中では、「本気の大人の中に混ぜる」がポイントだというお話もありました。
大人ってスゴイ!やばい!!と思う経験をどれだけしているのか、ということも、生きる力に必要なんだな、と思うのでした。


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