「誰と」を大事にする人、「何を」を大事にする人

こんばんは。
あっという間に7月ですね!
最近、職場の近くのTSUTAYAでマンガもレンタルできることが判明し、
引きこもりたい自分と戦うのに必死の毎日です。。。

さて、昨日は大学時代の先輩がリトルトーキョーでイベントをするということで、
お邪魔して来ました。
※リトルトーキョーとは、いろいろな人や働き方に出会えるコミュニティスペースです。
 詳しくはこちら

この日のテーマは「移住を悩むナイト」
東京から地方に移住したい、でもお金や仕事や色々なことで悩んでいる、そんな人たちを中心に、
少し興味のあるくらいの人からすでに移住をしている人まで、幅広く集まりました。

私自身は、少し前までは地元を含めた地方に興味があってイベントなどにもよく行っていましたが、
いまは色々折り合いがついていて、しばらく考えていない状態。
何を悩むのか考えるのに時間がかかってしまいました笑

色々な考え方や移住計画の進み具合の話を聞いて思ったのは、
移住を実現する人は、「誰と」を大事にする人なんだろうな、ということです。

移住を実現するには、移住先を決める必要があります。
その移住先を決めるきっかけは、やはりそこに住む人との触れ合いがあったり、何かを成し遂げたい場合も一緒にやってくれる人がいる、というのが大きいように感じたのです。

「何を」を重視しようとすると、それを実現する環境として、移住先を考えます。
しかし、そういう客観的な条件だけでは、おそらく移住先は絞り切れません。
もしくは、絞れたとしても、確信が持てないように思います。

私はここに移住するんだ!と確信し、行動に移すには、感情的な動きの方が強く作用するように思いますし、そういった感情を動かすのは、人であることの方が多いのでは、と考えるのです。

世界中を見渡して、「ここでしかできないこと」はおそらく多くはありません。
でも「この人たちと共にいられる場所」は、誰を選んでも世界に一つしかありません。
なので、「誰と」を重視する人の方が、移住を実現するのかな、と思ったのです。

昨日のイベントの終わりに、「引っ越しと移住は何が違うのか?」という問いが投げかけられました。
いくつかその場で意見が出たのですが、
「引っ越しは何か目的があって住居を移すこと、移住はその場所に住むこと自体が目的」
という解釈が一番しっくりきています。

この解釈に基づくと、私はおそらく引っ越しはしても、移住することはないのだろうな、と思います。
「何を」を重視する私は、結局その「何か」のために移住するのであって、そこに住むことを目的に何をするか考える、ということはしないからです。
どうしても、地元に戻って実家で介護をしなければならない、みたいなことが起これば別ですが・・・

なかなかこういう2元論では語れない部分もありますが、移住をそんなに考えていない立場から
触れてみたからこそ、そんなことを感じたのでした。


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