学ぶと働くの重なるところ

教育・研修プランナーとして、宮崎県日南市を拠点に活動する川原祥子のブログ

課題を「PR不足」と言うのは、優しい嘘だと気づいてしまった

「人が集まらない」「モノが売れない」その原因を「PR不足」として対策を打つ組織は全国津々浦々、様々な地域や業界で見られます。
しかし、本当に「PR不足」が原因なのでしょうか?

私はこれまでの仕事の中で、企業の新卒採用や大学の学生募集に関わってきました。
基本的には、魅力を伝え、集め、そこから絞り込んでいくというプロセス。
しかし、度々「伝えるべき魅力がない」という現象(もはや事件)に直面したのです。

もちろん、すごく技術力があるのにBtoBだから認知されていない企業や、充実した素晴らしい教育をしているのに偏差値が低くて偏見を持たれている大学もあります。
そういうところは、PR不足が問題だと言えるでしょう。
ただし、私の感覚ではそんな企業や大学は1割ないかな、といったところです。

それでもどうして「PR不足」に収束してしまうのか。
考えてみると、「PR不足」だと誰も傷つけないからじゃないか、と気づきました。
異性にモテない場合、自分自身に問題があると思うより、口下手だから魅力が伝わらない、と思った方が気持ちが楽ですよね。

人が集まらないのは、集まってくれるだけの魅力がないから
モノが売れないのは、買ってもらえるだけの魅力がないから
このことに向き合うのは精神的に大変ですし、外部から関わるコンサルタントとしては、そんなことを言ってクライアントを傷つけるより、「あなたには魅力があるのに、それが伝わってない!もったいない!」とヨイショした方が仕事になります。

「PR不足」対策がもう一つ都合がいいのが、一つのカタチになる、ということです。
映像なり、パンフレットなり、ロゴなり、何か一つのカタチになります。
誰でも、カタチになったら「おーっ!」と嬉しくなります。PRツールですから、当然ながら自分たちを褒めてくれる内容です。
さらに、そこには人の手がかかっていることが分かるので(そして外注する人の多くは自分では作れない人なので)、制作したものによってどれだけ効果があったのか、検証できなくても対価を支払います。(もちろん工数がかかっているので、払うのは当然ですが、費用対効果はどうなのでしょう)

実際に出来上がったものを客観的に見ると、「成長できる会社」、「面倒見のよい大学」、「自然豊かな地域」、「健康的な商品」などどれも同じことを訴求していたりします。
どれも同じことを言っているので、給与だったり、偏差値だったり、値段だったり、という数値で分かりやすいもので比較されます。
たまにユーザー側に対して「数値ばっかりで比較しやがって」と不満を言う人がいますが、数値以外に違いが見えるところがないから数値を見るのであって、数値の手前に何かあれば、そこもちゃんと見てくれます。ライザップとかは良い例かな、と。
(進路選択においては、ユーザー側のリテラシーを上げる取り組みも足りてないと分かっていますが、それはまた別の話ということで)

私自身、営業職を経験しているので、魅力さえあれば人が集まり、モノが売れるとは思っていません。
相手のニーズと商品やサービスの特徴を紐づけて提案したり、魅力を分かりやすく伝えたり、そういった工夫も確かに必要です。
しかし、頑張るところ、お金をかけるところが「PR」に寄りすぎている組織があまりにも多いんじゃないかな、と思ってしまうのでした。


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